“気持ちよくなってしまった”夫と、我慢していた友人たち
千鶴子さんの友人たちは、社交的で魅力的な女性ばかりでした。多くが今も働いており、相手を立てながら場を回す会話にも慣れています。
夫は、そうした雰囲気がよほど心地よかったのでしょう。
話題を振られるたびに饒舌になり、肩書きや実績を語り続けました。友人たちは笑顔で相づちを打ち、夫はますます気分を良くしていったといいます。
「きっと、会社にいた頃の感覚に戻ったんだと思います」
しかし、その裏で、友人たちは我慢を重ねていました。
ある日、友人の一人が千鶴子さんに言いました。
「ある程度は我慢していたんだけれど、あなたは大事な友人だから言うわ。私たちもあなたのご主人を調子に乗らせてしまったのが悪かったけれど、今は令和よ? なんで今さら、男尊女卑おじさんの相手をしなきゃいけないの? あなたも旦那さんのヤバさに気づいているんでしょ?」
その言葉を聞いたとき、千鶴子さんは胸が締めつけられる思いでした。
「私の大切な友達に、気を遣わせてしまっていたんだと気づいて……」
そして当然のように、またついてくる
それでも夫は、自分が場の空気を壊していることに気づいていませんでした。
千鶴子さんがやんわり断っても、「俺に都合の悪い話をするのか?」と拗ねる始末。
やがて友人たちからは、「今日はご主人、来ないわよね?」と事前確認されるようになります。
次第に千鶴子さんは、人付き合いそのものが億劫になっていきました。
定年後の男性が「居場所」を失う背景
「内閣府『令和5年度 高齢者の生活と意識に関する国際比較調査』(60歳以上対象)を見ると、「同性の友人がいる」と回答した割合男性30.1%に対し、女性は55.3%と、女性が男性を25ポイントも上回っています。一方で、「親しい友人はいない」と答えた男性は40.4%にのぼり、4割が家族以外の人間関係を持たない状態にあります。
仕事を通じた人間関係に依存してきた男性ほど、定年後に「自分の居場所」を失い、配偶者の人間関係に入り込んでしまう——千鶴子さんの夫の姿は、こうした傾向と重なります。
妹の一言で、現実味を帯びた「離婚」
限界を感じ、妹に相談したところ、返ってきたのは思いがけない言葉でした。
「お姉ちゃん、しばらくうちに来る?」
その一言に救われると同時に、千鶴子さんの頭には「離婚」という選択肢が浮かびます。千鶴子さんのようなケースは、決して珍しくありません。
厚生労働省の『人口動態統計(2022年)』によると、同居20年以上の離婚は約3万9,000件。離婚全体の23.5%を占め、過去最高の割合に。熟年離婚では、夫婦共有の預貯金や退職金(今回の場合、3,000万円のうち婚姻期間中に形成された部分)が財産分与の対象となります。
また、夫が厚生年金に加入していた場合、離婚時に「年金分割制度」を利用することで、婚姻期間中の厚生年金の報酬比例部分の最大50%を妻が受け取れる可能性があります。特に、専業主婦など国民年金の第3号被保険者だった場合は、「3号分割」により一律で2分の1の分割が可能です(※国民年金部分は対象外)。
「生活に困るわけじゃない。でも、このまま一緒に歳を重ねる自信がなくなってしまいました。私を心配した友人たちが『仕事を手伝わないか?』と言ってくれているんです。離婚して第二の人生を歩むのもいいかなと思っています」
老後に必要なのは、十分な資産だけではありません。互いの世界を尊重し、適切な距離を保てる関係性。
それが失われたとき、年収1,300万円で働き、退職金3,000万円を手にしても、夫婦の老後は安泰とは言えない——千鶴子さんの悩みは、その現実を静かに映し出しています。
[参考資料]
内閣府「令和5年度 高齢者の生活と意識に関する国際比較調査」
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