「仕送り、ちょっと増やしてくれる?」
東京都内で働く会社員・山口智也さん(54歳・仮名)は、年収800万円。妻と大学生の娘を支える三人家族です。彼のもとに、ある日突然、地方に住む81歳の母からLINEが届きました。
「仕送り、ちょっと増やしてくれる? ごめんね、無理ならいいから」
普段は遠慮がちで、「お金の話なんてしたがらなかった母」からの突然のメッセージに、智也さんは戸惑いました。
現在送っている仕送りは月3万円。固定資産税の支払い時期や、何か特別な出費があったのかもしれない——。そんな予想を胸に、彼は翌週末、アポなしで実家に帰省することにしました。
玄関の鍵は以前と同じ場所にありました。部屋の明かりはついていたものの、母は昼寝中だった様子で、テレビの音が響いていました。
「なんだ、元気そうじゃん」
そう思いながら冷蔵庫を開けた瞬間、智也さんは立ちすくみました。中に入っていたのは、タッパー1つ分の煮物と麦茶のペットボトル、そして割引シールの貼られた総菜のパック。一部は賞味期限が3日前に切れており、冷凍庫にはスカスカの製氷皿だけ。
「冷蔵庫、ほとんど空じゃないか…」
布団から起きてきた母は、「あら、来てたの? 急にどうしたのよ」と笑っていたものの、手元の財布には数百円の小銭だけ。光熱費の督促状も見つかり、テーブルの上には「安い食材リスト」と手書きのメモが置かれていました。
「なんで、こんなことに…」
そうつぶやいた智也さんに、母はぽつりと漏らしました。
「年金だけだと、冬は電気代もかさむしね。昔みたいに、何もかも安くないのよ。病院も月に何回も行くようになったし」
母は国民年金と遺族年金を合わせて月11万円ほど受給しています。しかし、持ち家の老朽化による修繕費、通院にかかる交通費や医療費の負担、さらには物価高騰の影響で、「暮らしはギリギリ」だったと言います。
厚生労働省『高齢期における経済生活に関する調査(令和6年度)』でも、単身高齢者の3割が経済的な暮らし向きについて「心配である」と回答しており、持ち家があっても生活苦に陥る例は珍しくありません。
