AIブームの恩恵とフィリピンの「立ち位置」
NvidiaなどのAI半導体企業の業績が爆発的に拡大する中、フィリピンの半導体産業はどのような位置にあり、なぜその恩恵が「5%成長」という比較的マイルドな数字に留まるのでしょうか。その構造的要因を分析します。
グローバルサプライチェーンにおける位置付け
半導体産業は大きく「設計(Design)」「前工程(Wafer Fab)」「後工程(Assembly & Test)」に分かれます。NVIDIAは設計に特化し(ファブレス)、台湾のTSMCなどが前工程を担います。フィリピンの強みは、このうちの「後工程(OSAT: Outsourced Semiconductor Assembly and Test)」にあります。Amkor Technologyなどの大手OSAT企業が拠点を構え、完成したウェハーをチップに切り出し、パッケージングし、検査して出荷するプロセスを担っています。
強み「人材と実績」
フィリピンの最大の武器は、英語に堪能で勤勉なエンジニアやオペレーターが豊富であることです。長年にわたり米系大手(Texas Instruments, Analog Devices等)が進出しており、品質管理や生産技術のノウハウが蓄積されています。この「信頼と実績」が、地政学的な理由で中国以外の拠点を求める「チャイナ・プラス・ワン」の動きの中で再評価されています。
弱みと課題「高コストと技術の壁」
一方で、NvidiaのAIチップのような最先端品は、TSMCの「CoWoS」のような高度なパッケージング技術を必要とし、これらは現在、台湾や一部の先進国に集中する傾向があります。フィリピンが担うパッケージングは、主に汎用品、車載向け、パワー半導体などが中心です。最大のボトルネックは「電力コスト」です。フィリピンの電気料金はアジアで最も高い水準にあり、大量の電力を消費する「前工程(ウェハー製造)」の工場誘致を困難にしています。さらに、ベトナムやインドが国策として補助金を投入し、サプライチェーンの誘致合戦を仕掛けていることも脅威となります。
今後の展望
AIサーバーやデータセンターは、GPU(画像処理半導体)だけでなく、大量の電源管理チップ(PMIC)やセンサーを必要とします。フィリピンはこれらの周辺チップの生産において強みを発揮できます。「AIブームの主役(GPU本体)」そのものを作るわけではありませんが、「AIインフラを支える名脇役」としての地位を確立できるかが、今後の成長の鍵となります。
フィリピンの半導体産業は、爆発的な急成長こそ見込めないものの、AIやEVといったメガトレンドの恩恵を受け、底堅い成長軌道に戻りつつあります。しかし、単なる「組み立て工場」から脱却し、より高付加価値な先端パッケージング拠点へと進化できるかが問われています。投資家は、政府による電力コスト対策やインフラ改善の進捗、そして同国が「単純労働集約型」から「技術集約型」へシフトできるかを注視する必要があります。
