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「たった400万円」のために…
予想どおりTOBが発表され、株価は急騰しました。
「うまくやった」佐伯さんはそう思い込んでいました。
しかし、証券取引等監視委員会の監視網は、不自然なタイミングでの売買を機械的に検知します。管理職の銀行員であれば当然知っているはずであろうことでも、目先のお金に目がくらみ、道を踏み外してしまったのです。
ある日、佐伯さんのもとに証券取引等監視委員会(SESC)の調査官が訪れました。母の口座を使った取引履歴、アクセスログ、そして佐伯さんが行内で情報に触れた時間。すべての証拠は揃っていました。
下された「行政処分」と「懲戒解雇」
佐伯さんのケースは、組織的な犯罪ではなく単独犯であったこと、利益額が巨額とまでは言えないことから、警察による逮捕(刑事告発)は見送られました。その代わり、金融庁からの「課徴金納付命令」という行政処分が下されました。
しかし、行政処分が下ったという事実は、銀行側に通知されます。銀行の処分は、冷徹かつ迅速でした。就業規則に基づき、最も重い「懲戒解雇」が言い渡されたのです。
「当行の信用を著しく傷つけた。退職金は全額不支給とする」
長年積み上げてきたキャリアと、数千万円の退職金が、その一言で消滅しました。さらに、不正に得た利益は課徴金として没収され、手元の貯蓄も大きく目減りしました。
「懲戒解雇」の事実は経歴に残ります。銀行を追われた佐伯さんは再就職活動を始めましたが、金融機関やコンサルティング会社は、前職の退職理由が「懲戒解雇」である人間を絶対に雇いません。
また、金融業界は狭いものです。「あの佐伯がインサイダーで飛ばされたらしい」という噂は、水面下で瞬く間に広がっていました。
社会的信用を失った佐伯さんは、妻とも離婚。財産分与と生活費で家も失いました。生活のため、佐伯さんは身元調査が厳しくないアルバイトを掛け持ちし、食いつなぐしかありませんでした。
そして65歳になったいま、受け取れる年金は月15万円程度です。現役時代は高収入でしたが、離婚時の年金分割に加え、定年を待たずしての解雇で厚生年金の加入期間が短くなったことが響いています。
かつては年収1,500万円を誇ったエリートが、現在は単発のアルバイトと少ない年金で、貯金ゼロのまま暮らしています。「メガバンカーとしての自分」は、あの日、静かに社会から抹殺されてしまったのです。
