「お前はずっと家にいたんだから、気楽なもんだろ?」
「その一言で、なにかがぷつんと切れました」
そう振り返るのは、東京都在住の佐藤雅子さん(仮名・65歳)。30代前半で二人の子どもを出産してからは、長年専業主婦として家庭を支えてきました。買い物、料理、PTA、介護――「気づけば、自分の時間なんてほとんどなかった」といいます。
夫は国家公務員で、定年まで勤め上げました。65歳になった今は年金月17万円で暮らしており、「贅沢しなければなんとかなる」と言っていたそうです。
そんなある日、夕食後の何気ない会話の中で、夫がこんな言葉を発しました。
「俺はずっと働いてきたけど、お前は家にいられて気楽でよかったよな」
その一言に、雅子さんは返す言葉を失いました。
「確かに外で働いてきたのは夫だけど、家を守るのだって楽じゃない。あの一言は、私の40年間を否定された気がしました」
その翌日、雅子さんはひとりでハローワークに向かいました。自分が働ける場所があるのか、どんな求人があるのかを見るだけでも…と思ったといいます。
そこで紹介されたのは、近所のスーパーの品出しや清掃のパート。「週3日、午前中だけでもいいですよ」という言葉に、涙が出そうになったといいます。
現在、雅子さんは週3日、午前中のみ勤務し、月5万円程度の収入を得ています。金銭的には「少し贅沢ができる」程度ですが、それよりも「自分にも社会で役に立てる場所がある」と実感できたことが大きかったと語ります。
「40年間、家族のことばかりで、自分を後回しにしてきました。でも、今からでも“自分の人生”を少しずつ取り戻したいんです」
夫にはパートのことを告げていません。「どうせ『なんで今さら』って言うだけだから」と笑いますが、その表情には誇らしさがにじみます。
