「父さん、また引っ越すって?」突然の決断に驚いた
「仕事を辞めたら、海の近くで暮らしたい」
そう語っていたのは、神奈川県在住の元地方公務員・佐伯正隆さん(仮名/71歳)。長年勤めた役所を定年退職し、退職金は1,700万円。公的年金は月18万円。経済的には決して困窮していませんでした。
「東京は家賃が高いし、人も多くて疲れる。自然に囲まれて静かに暮らしたいんだ」
そう言って、娘の反対を押し切り、九州の小さな港町に単身で引っ越しました。
しかし移住から半年後、娘の茜さん(仮名/38歳)が久しぶりに父の家を訪れると、思わず言葉を失ったといいます。
「……ここで、どうやって暮らしてきたの?」
古びた平屋の一軒家。湿気で壁紙はめくれ、灯油ストーブの横には使いかけのカップ麺と期限切れのパンが散らばっていました。風呂場にはカビが生え、電気ポットも壊れたまま。
「父は、ひとりでここに半年も…? 一体なにがあったのかと、ショックでした」
後から話を聞くと、近所には同年代の知人もおらず、車を手放したためスーパーや病院への移動にも苦労していたそうです。
「物価は安いよ。でも、灯油代も上がってきてね。寒い時はストーブをつけっぱなしにするのもためらう」
定年後の“自由な暮らし”のつもりが、いつの間にか「閉ざされた節約生活」へと変わっていったのです。
総務省の家計調査によると、高齢単身世帯(無職)の平均消費支出は月約15万円。年金月18万円あれば生活は可能に思えますが、「移動費」「暖房費」「修繕費」などの出費は場所によって大きく異なります。
さらに、高齢者の地方移住では以下のような“想定外”も多く見られます。
●病院やスーパーが遠く、車を手放すと生活が困難
●地域のコミュニティに馴染めず孤独を感じやすい
●生活リズムの変化により心身の不調をきたすことも
「退職金1,700万円」と聞くと安心感がありますが、一度の移住や住環境の変化で想定外の出費が重なると、蓄えは徐々に減っていきます。
