生活費と健康の“想定外”
古い木造住宅のため、断熱性が低く、冬は灯油代・電気代が想定以上に膨らみました。「暖房費に月3万円かかった」と母がこぼすほど。貯金からの支出が増えるたびに、父の表情は曇っていったといいます。
さらに、庭の雑草処理や屋根のメンテナンス、給湯器の不具合など、住まいにかかる手間と費用は予想よりずっと多く、“体力”と“資金”の両面で余裕が削られていったのです。
美帆さんは、テーブルに置かれていたパンフレットを見て、母に「相談してみない?」と声をかけました。
地域包括支援センターは、65歳以上の高齢者の暮らしを支える総合窓口で、介護だけでなく健康・福祉・暮らしの困りごと全般に対応しています。
その翌週、保健師が訪問し、父の状態や通院の困難さを聞き取ってくれました。
「家事援助や配食サービスもあると知って、少し気持ちが軽くなった」と母は言います。制度を利用することで、“がんばりすぎない暮らし”への第一歩を踏み出せたのです。
父の希望で、送迎付きのクリニックに転院。お薬手帳も一元管理し、服薬ミスを防ぐようにしました。母は週1回の体操教室に参加。カレンダーに予定が増えるごとに、ふたりの表情が少しずつ明るくなっていきました。
移住前に十分な下調べをしていたつもりでも、実際に暮らしてみなければわからない“地域の生活コスト”や“人的インフラ”の壁があります。
退職金1,200万円、年金月21万円――数字だけ見れば余裕がありそうに見える家庭でも、住まいや環境の変化が与える影響は想像以上です。
帰りの電車で、美帆さんはスマホの写真を見返しました。海を背に、笑う父の顔。
「たぶん、ようやく“ここの生活”に慣れようとしている。そんな感じがしたんです」
違和感は、不安や失敗の前兆ではなく、“見直すべきタイミング”を知らせるサインなのかもしれません。移住を“成功”させる鍵は、家を買った日ではなく、「生活を軌道修正する力」を持ち続けられるかどうかにあるのではないでしょうか。
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