(※写真はイメージです/PIXTA)

退職後の暮らしとして「地方移住」を選ぶ高齢者は年々増加しています。家賃や物価の安さ、自然豊かな環境が魅力とされる一方で、医療機関へのアクセス、交通インフラ、地域の人間関係など、都市部とは異なる環境に適応できず孤立するケースも。とくに高齢期における生活環境の変化は、心身に大きな影響を及ぼす可能性があるとされています。

「父があんなに痩せているなんて…」

「駅で父を見た瞬間、言葉が出ませんでした。思っていたよりもずっと痩せて、表情も暗くて……。まるで別人みたいだったんです」

 

そう話すのは、都内で働く会社員の成瀬美帆さん(仮名・42歳)。彼女の両親は70歳でそろって退職し、年金月21万円に加え、貯めた退職金1,200万円の一部を元手に、長年憧れていた海辺の町へ移住しました。

 

「釣りがしたい」「静かな場所で暮らしたい」と、退職前から楽しそうに話していた両親。移住から半年が経ち、美帆さんは一人で様子を見に行くことにしました。

 

玄関を開けた瞬間、潮のにおいと灯油の匂いが混ざった空気が鼻を突きました。台所には風で舞い込んだ砂がうっすら。

 

「父は無理に笑っていたけれど、目が合ってもすぐ逸らすようになっていた」と美帆さんは言います。

 

母は明るく振る舞っていたものの、食卓には開封されていない処方薬、そして地域包括支援センターのパンフレットが置かれていました。

 

「夕方、スーパーに一緒に行ったら、父は帰り道で何度も立ち止まって。バスは1時間に1本、タクシーは捕まらない。結局、徒歩で30分近くかかっていました」

 

美帆さんが見たのは、“理想の田舎暮らし”とは程遠い、日々の暮らしに疲弊する両親の姿でした。

 

「お父さん、ずっと“ここの医者は合わない”って言っているの。前の先生が良かったって」

 

母がぽつりと漏らしました。

 

都会では当たり前にあった“かかりつけ医”“いつもの薬局”“近所の喫茶店”。そのすべてがなくなり、父は外に出ることすら減っていました。

 

特に地方では、自家用車がなければ買い物や通院が困難な地域も多くあります。父は白内障の診断を受け、夜間の運転を避けるようになっていたそうです。

 

「免許を返納したら、もう動けないんじゃないかと怖がっているみたいでした」

 

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