「形見として残しておいてほしかった」
「扉を開けた瞬間、言葉を失いました。本当に、棚も押し入れも、かなり空っぽになっていて…」
そう語るのは、都内在住の会社員・佐伯俊明さん(56歳・仮名)。2年前に父を亡くし、久しぶりに母の住む実家を訪れたときのことでした。
父の三回忌のために帰省した俊明さんは、子どもの頃から見慣れた和箪笥や、祖父の代から伝わる掛け軸、壁に飾ってあった父の腕時計など、家にあった“当たり前の風景”が一切なくなっていることに驚いたといいます。
「母は『スッキリしたでしょ? あんなガラクタ、もう誰も使わないし』と笑っていましたが…正直ショックでした。父が毎日巻いていたロレックスも、祖父の形見の万年筆も、すべて売ったと」
母・静江さん(81歳・仮名)は、夫の死後ひとり暮らしに。自宅は築40年の持ち家で、今すぐに売却する予定はないものの、「モノが多いと転倒の危険もある」「今後老人ホームに入るかもしれない」と考え、“今のうちに整理しておこう”とリサイクル業者や買取店に連絡を取ったのだといいます。
「だって、あなたたち、もう帰ってこないでしょ? それに、年金と遺族年金だけじゃ心細いのよ。ちょっとでも現金があったほうが安心だと思って」
俊明さんにとっては、「ガラクタ」ではなく「思い出」であり、「価値ある形見」でしたが、母にとっては「使わない・誰も要らないモノ」でしかなかったのです。
高齢者が自宅の資産を売却することは、法的には問題ありません。たとえそれが高額な美術品や宝飾品であっても、所有者である親に売却の意思能力があれば、家族が「やめてほしい」と思っても止めることはできません。
ただし、判断能力に不安がある場合や、不適切な業者にだまされる危険がある場合は注意が必要です。成年後見制度や家族信託などを活用することで、資産の管理に一定の制限を設けることも可能ですが、それには家庭裁判所の手続きや法的な知識が求められます。
