ジロリアン・慶子
麵との格闘に夢中で隣に誰がいるか気付いていなかった二人は、同時に声をあげた。
「オーマイガッ! ケイコサンじゃないデスカ!」
「うわッ、マルクス! なんでここにいるの?」
小柄で細身な日吉の姿からは想像もできないが、日吉は女子高時代から大学生時代まで学校の近くにあるラーメン二郎の三田本店に週に数回通い、「大ぶたダブル」を完食し続けていた筋金入りのジロリアン。今日も「お腹が空いたまま考えるとネガティブになる」と、半休を取って渋谷から三田本店にやって来たところだった。
”二郎”が教えてくれた、人生で大事なこと
マルクスを見た日吉はいきなり立ち上がり、90度直角のお辞儀を決めた。
「ごめんなさい。『出禁』なんて言い過ぎました。戻って来てください」
戸惑ったマルクスは、「ケ、ケイコサン。ホワイ……」と返すのがやっとだった。
「私が尊敬する経営者の一人が、二郎のおやっさんなの。あ、おやっさんってこの三田本店の店長ね。おやっさんの経営哲学は、あの張り紙にあるわ」
日吉が指さした先にある張り紙には、こう書いてあった。
【ラーメン二郎 三田本店社訓】
1、清く正しく美しく、散歩に読書にニコニコ貯金、週末は釣り、ゴルフ、写経
2、世のため人のため社会のため
3、Love & Peace & Togetherness
4、ごめんなさい、ひとこと言えるその勇気
5、味の乱れは心の乱れ、心の乱れは家庭の乱れ、家庭の乱れは社会の乱れ、社会の乱れは国の乱れ、国の乱れは宇宙の乱れ
6、ニンニク入れますか?
「特に4番目は私のモットーなの。間違ったら『ごめんなさい』って認めなきゃ」
「オーマイガッ! 二郎には人生で大事なことがすべてあるんデスネ!」
「マルクスは、うちのチームに絶対必要。戻って来てくれる?」
「イェス! もちろんデス! ところでケイコサン、質問していいデスカ?」
「何?」
「ケイコサンのどこに、あの『大ぶたダブル』が入るんデスカ?」
