定年後に移住した「庭付き一軒家」アポなし訪問すると…
「退職したら、田舎に小さな家を建てよう」。
会社員として定年まで勤め上げた68歳の正志さん(仮名)は、持ち前の計画性で退職金1,500万円を確保。妻の絹代さん(同)とともに、念願の“庭付き一軒家”を地方に購入しました。
東京都心から新幹線やバスを乗り継いで2時間半ほどかかる場所。買い物は車がないと不便ですが、周囲には田畑が広がり、空気も澄んでいます。畑仕事やガーデニングが趣味の夫婦にとって、まさに理想の移住先でした。
「年金が夫婦で月19万円あれば、贅沢しなければやっていける。少し節約して、のんびり暮らしたい」
そんな思いを胸に、ふたりは長年暮らした首都圏のマンションを売却し、静かな町での新生活をスタートさせました。
ところがその半年後。
一人娘の菜穂子さん(38歳)は、「どうしても気になって」と、両親の家をアポなしで訪ねたといいます。
「電話では“元気だよ”と言っていたんですが、何か声に張りがないような気がして……」
仕事を終えたその足で、新幹線とバスを乗り継ぎ、やっとたどり着いたのは、街灯も少なく、人通りもない夕暮れの住宅街。かつて父が誇らしげに「理想の家」と語っていた平屋の前に立った瞬間、菜穂子さんは言葉を失いました。
「玄関前が、草ぼうぼうになっていたんです」
玄関先からすでに異変を感じた菜穂子さん。中に入ると、もっと衝撃を受けたといいます。
「冷蔵庫の中はほとんど空。暖房器具も、灯油代を節約するために使っていないようでした。母は膝を悪くしていて、外出も減っていたんです」
話を聞くと、日々の買い物もバスで片道30分以上。車は正志さんの高齢を理由に免許返納済み。病院も近くになく、顔見知りもいないため、社会的なつながりもほとんど絶たれていたといいます。
「最初は“なんとかなる”と思っていたけど、冬を越したあたりから、心が折れた」。
正志さんの表情は曇っていました。
