AI駆動のインフラ競争「ePLDT」の巨大DC戦略
現在、世界のデータセンター(DC)業界は、生成AIの爆発的な普及により、その設計思想と要求される能力が劇的に変化しています。AIモデルの学習と運用には、従来のデータ処理とは比較にならないほどの高性能コンピューティング(HPC)能力、特に強力なGPUクラスターとそれを支える超大容量DCが不可欠となり、各国はデジタル競争の主導権を握るために、このインフラ競争に巨額の投資を行っています。
この世界的なパラダイムシフトの中、PLDTのICT部門であるePLDTは、国内のデジタルインフラを抜本的に強化するための二つの重要な戦略を同時に展開しています。
一つ目の戦略は、ePLDTにとって過去最大規模となる12番目のデータセンター建設計画です。カビテ州ジェネラル・トリアスでの建設が予定されているこの施設は、計画容量が約100メガワット(MW)に達する見込みで、これは現行最大施設であるVITRO Sta. Rosa(50MW)の規模を倍増させるものとなります。ePLDTは、2025年内に現地調査を完了し、建設開始を目指すという迅速な動きを見せています。
この100MWという規模は、世界のハイパースケールDCの潮流に合致しており、将来的な国際的なハイパースケーラー(大手クラウド事業者)のAIワークロード需要を取り込み、フィリピンをASEAN地域のデータハブとして位置づけようとする同社の戦略を示しています。この巨大投資は、単に箱物を作るだけでなく、AI時代に必須となる強力な電力供給と高度な冷却技術の導入を伴う、国家的なデジタル基盤強化プロジェクトなのです。
そして二つ目の戦略が、Dell TechnologiesとKatonic AIと提携し開始された、国内初の「主権的AIプラットフォーム」である「Pilipinas AI」です。このプラットフォームは、企業がAIモデルの構築・展開を行う際に、データがePLDTの国内データセンターに留まることを保証します。
「主権的AI(Sovereign AI)」という概念が重要性を増している背景には、地政学的な緊張の高まりや、データガバナンスに対する各国の意識向上があります。企業データや国家の機密情報を、他国の法律や規制が適用される海外のクラウドサービスに置くリスクを回避するため、「データローカリゼーション」の要請が高まっています。
★競争を加速する「コネクタドン・ピノイ法」の影響
フィリピンにおいて、このデジタル主権とインフラ投資の必要性をさらに加速させているのが、まもなく施行される「コネクタドン・ピノイ法(Konektadong Pinoy Act)」です。この法律は、「データ伝送におけるオープンアクセス法」とも呼ばれ、通信事業への新規参入事業者に対する免許取得プロセスを大幅に簡素化することで、市場の競争を促進することを目的としています。
この「コネクタドン・ピノイ法」の施行は、既存の通信事業者に対し、デジタルインフラへの投資を加速させるよう強く促しています。専門家は、新規参入事業者が市場に増えることで競争が激化し、既存の事業者は5G、光ファイバー、衛星通信などのインフラに積極的に投資し、サービス品質をASEAN諸国の水準にまで引き上げる必要に迫られると指摘されています。競争の焦点は価格だけでなく、サービスの質、ネットワークのカバレッジ、特にこれまでサービスが行き届いていなかった地理的に孤立した地域への展開にも移ると予測されています。ePLDTの巨大DC建設と「Pilipinas AI」の提供は、まさにこの法規制と市場の変化に対する戦略的な回答です。
市場競争への対応: 巨大DCインフラを整備することで、国内外のハイパースケーラーや新規参入事業者に最高品質のホスティング能力を提供し、市場における競争優位性を確立できる。
規制への対応とデータ主権の確立: 「Pilipinas AI」を通じて、データ主権(Sovereign AI)を必要とする金融、公共サービス、ヘルスケアなどの重要産業に対し、法規制を完全に遵守し、高いセキュリティを保証できる国内完結型のAIソリューションを提供する。
ePLDTの戦略は、単なるビジネス拡大ではなく、「コネクタドン・ピノイ法」が推進する競争的環境の中で、データ主権という国家的な要請に応えつつ、フィリピンのデジタル経済を次なるレベルへと押し上げるための包括的なインフラ整備とソリューション提供の取り組みであると評価できます。
