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離婚率と資産分割
アメリカはかねてから離婚率が高い国といわれてきました。州によって法律は異なりますが、カリフォルニア州など「コミュニティ・プロパティ制」を採用している地域では、離婚の際に夫婦が築いた財産を原則50:50で分割します。自分が努力して築いた資産であっても、結婚後に形成された財産は共同財産とみなされるのです。
そのため、離婚時に大幅な資産流出を防ぐための保険としてPrenups(婚前契約)が用いられるケースが増えています。契約書の内容によっては、配偶者が離婚時に取得できる資産を制限したり、婚前に持っていた資産を個人財産として守ったりすることが可能です。
再婚と相続をめぐる複雑な事情
婚前契約が重要視される背景には、アメリカ社会における再婚の多さもあります。再婚後に前の配偶者との間の子どもと、今の配偶者やその子どもとの間で相続争いが発生することは珍しくありません。
たとえば「先妻の子にある程度の資産を確実に残したい」と考えながらも、「今の妻や夫を生活面で保障したい」と思うケース。婚前契約を通じて「一定額は生命保険で妻に保障し、その代わりに不動産は子に相続させる」といった調整が可能になります。日本でいう「遺言書」と近い役割を持ちますが、婚前契約は契約であるため効力が強く、簡単には覆せない点が大きな特徴です。
信託との組み合わせによる高度な資産戦略
婚前契約は単独で使われるだけでなく、各種トラスト(信託)と組み合わせることで、より柔軟な資産管理・承継が実現します。
代表的なのが「Asset Protection Trust(資産保全信託)」です。これは会社オーナーがよく利用し、自分が亡くなったときに会社の株式を後継者に承継させる条件として、配偶者に別の財産を保障する、といった使い方が可能です。
また、「Qualified Personal Residence Trust(居住用不動産信託)」もよく利用されます。これは、結婚後の住まいを配偶者が生きている間は使用できるようにしつつ、その後は子どもが相続する、といった形で居住権と所有権を分けて設計するものです。日本ではあまり馴染みがありませんが、複雑な家族関係が絡むアメリカ社会では現実的な解決策として広がっています。
日本との違いと今後の可能性
一方、日本では婚前契約が法律上まったく不可能というわけではありませんが、アメリカのように制度的に広く利用されているわけではなく、実務の蓄積もほとんどありません。離婚の際も財産分与はありますが、アメリカほど明確な50:50ルールがあるわけではなく、協議や裁判で柔軟に判断されます。
ただし、日本も晩婚化が進み、結婚時にすでにまとまった資産を保有しているケースが増えています。加えて、離婚率は依然として高止まりしており、国際結婚や再婚も一般化しつつあります。こうした背景から、「結婚前に資産の取り決めをしておく」という考え方は、今後日本でも関心を集める可能性があります。
婚前契約が持つ文化的な意味
婚前契約は単なる資産防衛の仕組みにとどまらず、アメリカの文化を映す鏡でもあります。個人主義が強く、人生の選択肢として離婚や再婚が一般的に受け入れられてきた社会の中で、トラブルを未然に防ぐ合理的な仕組みとして発展してきました。
日本では「愛の証」としての結婚に契約を持ち込むことに抵抗を感じる人も多いでしょう。しかし、アメリカでは「結婚生活は愛情と信頼で成り立つが、同時に現実的なリスクにも備える」という考え方が定着しています。結婚式で「永遠の愛を誓う」前に「離婚や死別のときの取り決め」をするという発想は、一見矛盾しているようで、実は生活を守るための知恵でもあるのです。
そして離婚理由ですが、日本では配偶者が浮気したとか、浪費や生活費の問題が離婚理由として裁判にまでなりますが、アメリカの場合は「この人と同じ家で同じ空気を吸いたくない」というだけで離婚の理由になります。
これからの日本への示唆
日本においても高齢婚、再婚、国際結婚など多様な形態が広がる中で、相続や財産分与をめぐるトラブルは増える傾向にあります。もし婚前契約のような仕組みが普及すれば、事前に合意を形成し、後の紛争を減らすことにつながるでしょう。
アメリカから学べることは、「愛と現実の両立」です。結婚は人生の大きな転機であり、将来のトラブルを防ぐための契約を用意しておくことは、冷たい行為ではなく、むしろ家族を守るための誠実な準備なのかもしれません。
税理士法人奥村会計事務所 代表
奥村眞吾
