「うちは揉めないと思っていました…」
「まさか、うちがこんなことになるなんて思ってもみませんでした」
70歳の松岡玲子さん(仮名)は、そう静かに語ります。地方都市で一人暮らしをしていた母親が亡くなったのは2年前。三姉妹で育った松岡さんは、母の介護を担ってきた次女です。
生前は、3人姉妹の仲も良く、「うちは揉めごとなんて無縁」と信じて疑いませんでした。
ところが、母の遺産相続をめぐり、空気は一変します。
きっかけは、母の通夜の席での、ある親戚のひと言でした。
「お母さん、あんた(玲子さん)に世話になったから、家はあんたのもんやなあ」
この何気ない一言が、長女・三女の心に火をつけてしまったのです。
松岡さんの母親が遺したのは、築40年ほどの自宅と、わずかな預貯金。遺言書はありませんでした。
3人姉妹は当初「法定相続で分けよう」と話し合っていたものの、通夜の席での“親戚の言葉”がきっかけで、「家をどうするか」が争点になり始めました。
長女は「母が一番頼りにしていたのは私よ」と主張し、三女は「そもそも家なんて資産価値ないでしょ。公平に預金だけ分けて」と冷ややか。
一方、実際に母の介護や生活費の補填をしてきた松岡さんとしては、一定の寄与分を主張したい気持ちがありました。
「母は口では“みんな仲良くね”と言っていましたが、本音では“この家は玲子に”と思っていたと思うんです。そうじゃないと、あの親戚がわざわざあんなこと言わないはずで…」
松岡さんはそう語りますが、感情のもつれは次第に大きくなっていきました。
相続の制度と「寄与分」「特別受益」の考え方
相続においてトラブルになりやすいのが、今回のような「不動産」と「寄与分・特別受益」に関する問題です。
寄与分…亡くなった人(被相続人)の財産の維持や増加に特別な貢献(介護・金銭支援など)をした法定相続人に、その分を上乗せして相続分を認める制度。
特別受益…被相続人から生前に特別な贈与(住宅購入資金、学費、事業資金など)を受けた相続人は、それを相続分に加味して公平を保つ仕組み。
これらは法的に主張できますが、証拠や他の相続人の同意が必要であり、話し合いがこじれると、家庭裁判所での「調停」や「審判」に進むケースも少なくありません。
