まちづくりと住宅計画の融合
都市計画において、物語が活用されることは珍しくない※1-4。例えば、まちづくりの歴史を物語として捉え、その変遷を分析することで理解を深める手法がある。また、住民が自ら地域のストーリーを共有し、まちの魅力を再発見するワークショップも行われている。
このような取り組みを個々の住宅に応用すると、まちと住宅が相互に影響を与え合いながら、新たな魅力を生み出す関係性を築くことができる。例えば、まちの歴史を背景に持つ住宅が、それぞれの個性を活かしながら地域のストーリーを補完し、全体の魅力を高める役割を果たすといった形である。つまり、住宅の物語をまちの歴史と結びつけることで、地域全体の魅力やアイデンティティを強化することができる。
住宅内におけるQOLの向上
空き家にまつわる物語の多くは、そこで暮らした人々の経験に基づいている。その物語が魅力的であればあるほど、住宅自体の価値も高まると考えられる。つまり、居住者のQOL(生活の質)が向上すれば、それが住宅の評価にもつながる。
この考え方に基づけば、住宅の維持管理にコストをかけるように、住む人自身のQOL向上にも投資することが重要となる。例えば、住宅の断熱性向上やバリアフリー化などの改修を行うことで、住みやすさを高めることができる。
また、地域の文化イベントやワークショップに参加することで、住民同士の交流を促し、より豊かな暮らしを実現することも可能だ。さらに、地域資源を活かしたシェアスペースの設置や、空き家を活用したカフェやギャラリーの開設など、QOL向上につながる取り組みは多岐にわたる。結果的に、これらの取り組みが住宅の価値向上にも寄与し、地域全体の魅力を高めることにつながる。
人生への価値付け
有名人が使った品が高価で取引されることや、生家が観光地となることがある。例えば、明治時代の文豪・夏目漱石や森鴎外の旧居は文化財として保存され、彼らの生涯や作品の魅力を伝える場となっている。また、シェイクスピアの生家は現在も多くの観光客が訪れる名所となっており、彼の文学的遺産を広く紹介する役割を果たしている。
これは、その人物の人生や功績が価値あるものとして評価されているからである。空き家の物語を活用することで、こうした価値の創出を一般の人々にも広げることが期待できる。
例えば、居住者が物語を書き残すことや、それを地域の資産として共有することで、空き家の魅力を高めることができる。
また、住宅ごとの物語が地域文化の一部として認識されることで、単なる建物としての価値だけでなく、社会的・文化的な価値が生まれる可能性もある。例えば、アイスランドでは一般の人々が自伝を出版することが一般的であり、自らの人生や家族の歴史を物語として残す文化が根付いている。
このように、個人の物語が広く共有されることで、文化的な価値が生まれ、地域のアイデンティティ形成にも寄与する。日本においても、空き家の歴史や住人の想いを記録し、地域の資産として活用することができれば、新たな価値を創出できる可能性がある。
空き家を「価値ある資産」へ
本稿では、空き家の物語が活用されることによる副次的な効果について述べてきた。物語の活用は単なる空き家の価値向上にとどまらず、まちづくりと住宅計画の融合、居住者のQOL向上、さらには人生への価値付けといった広範な影響をもたらす可能性を持つ。
今後、空き家の活用を進める上で、単に物理的なリノベーションや制度設計を行うだけでなく、その空き家にまつわる物語をどのように発掘し、伝えていくかが重要な課題となるであろう。物語を通じて空き家の新たな価値を創出し、それを共有することができれば、単なる「空き家問題」の解決にとどまらず、社会全体の豊かさにも寄与することが期待される。
物語が空き家を単なる不動産から「意味のある場所」へと変えることで、より多くの人々がその価値に気づき、活用の可能性を広げていくことが望まれる。
※1 藤井聡, 長谷川大貴, 中野剛志&羽鳥剛史. 「物語」に関わる人文社会科学の系譜とその公共政策的意義. 土木学会論文集F5(土木技術者実践) 67,32–45 (2011).
※2 藤井聡, 羽鳥剛, 長谷川大貴 & 澤崎貴則. 交通計画における「物語」の本質的意義. 土木計画学研究・講演集 41,(2010).
※3 長谷川大貴, 中野剛志&藤井聡. 土木計画における物語の役割に関する研究 (その1)―プランニング組織支援における物語の役割―. 土木計画学研究・講演集 43, (2011).
※4 澤崎貴則, 藤井聡, 羽鳥剛史&長谷川大貴. 「川越まちづくり」の物語描写研究-町並み保存に向けたまちづくり実践とその解釈-. 土木学会論文集F5(土木技術者実践)68, 1–15 (2012).
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