客の心理を読んで消費の傾向を知る
そのうえで、「消費は経済学でなく心理学で読むべき時代にきている」として(『Keidanren』1999年2月)、お客様の心理を読むなかに仮説と検証のプロセスを落とし込んでいった。
たとえば、釣り船の発着場に近い店舗で、気温が上がりそうな日には、釣り客が「時間が経っても傷みにくいイメージのある食べ物を求めるはず」だと想定し、「梅のおにぎりが売れるのではないか」という仮説を立てる。あるいは、「真冬でも少し汗ばむような陽気の日には冷たい麺がおいしく感じる」と予想し、「冬に冷やし中華を食べる」という仮説を立てる。
このように「お客様の心理を読んで、行動を予測」するところから、明日の売れ筋商品の仮説を立て、結果をPOSデータによる検証を繰り返したのである(鈴木敏文『鈴木敏文のCX(顧客体験)入門』プレジデント社、2022年)。
お客様の立場の先鋭化
現在の目から見ると、こうした鈴木の経営理念は、一面で顧客満足のジレンマを免れ得ないものであったと考えられる。
たとえば彼は、「年中無休ですから、お客さんの立場に立てば、元日でも作りたてのおいしいパンを提供しなければなりません」として、「商品部長が山崎製パンの社長に日参し、最後は向こうの労組の委員長とも話して、2年目か3年目かから正月でもパンを作ってもらうようにしたのです」と振り返る(『読売新聞』2000年1月17日付)。
しかし、山崎製パンの労働者に思いを致せば、このことを手放しで喜ぶ社会でよいのかと考えさせられよう。
あるいは、「紙パックの牛乳も、当日か前日の日付のものだけを店頭に並べるようにしています。日付が多少古くても品質には全く問題はありませんが、お客の立場からすれば違います」と言われるとき(『朝日新聞』1988年3月1日付)、現在の私たちにはフードロス問題が頭をよぎってしまい、素直に頷けない。
