いまやギャンブルの枠を超え、多くの人々を魅了する競馬。その華やかな舞台で躍動する競走馬たちを支えるのは、数多くのプロフェッショナルたちです。そのなかでも、馬を安全かつ確実にレース地まで送り届ける「馬匹(ばひつ)輸送」という仕事は、縁の下の力持ちとして重要な役割を担っています。本稿では、白川典人氏の『バックステージの走者 競走馬を運ぶプロフェッショナルの使命』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋・再編集し、馬匹輸送の難しさとやりがいについて解説していきます。

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馬は「大きい赤ちゃん」

馬の扱いで難しいのは、会話ができないことです。馬は、分かりやすくいえば「体が大きい赤ちゃん」で、具合が悪い、疲れた、お腹が痛い、脚をぶつけた、といったことを自ら伝えることはありません。そのため、親が赤ちゃんの様子を把握するように、輸送中はドライバーが親代わりとなって不調を察知する必要があります。

 

ここはドライバーの洞察力と判断力が問われるところで、察知するタイミングが早いほど処置も早くでき、大きなトラブルを防ぐことができます。そのために、輸送中は定期的に馬の健康状態を調べ、異常が見られた際には獣医師と電話で連絡を取り合いながら処置します。処置方法としては、休憩させて体力が回復することもあれば、馬の首に点滴を打つこともあります。

 

このような対応が求められる点もモノを運ぶドライバーとは異なります。「体が大きい赤ちゃん」であるという点では、「馬力」という言葉があるように、馬の力は人間の何倍もあります。つまり体が大きいだけでなく「力が強い赤ちゃん」でもあるわけです。馬は輸送中にストレスを感じ、壁や仕切り板をかじったり、脚で周りのものを蹴ったりすることがあります。

 

それが原因で馬運車の備品が壊れたり、馬がケガしたりすることもあります。特に危険なのが脚です。サラブレッドは時速60〜70キロメートルで走る脚力があり、後ろ脚で蹴る力は最低でも500キログラムほどあるといわれます(成人男性は180キログラムくらい)。危険を感じるなどして本気を出すと、その蹴りはもっと強くなるでしょう。これはドライバーにとって危険となる要素です。

 

馬は人の顔や匂いを覚えるため、普段から世話をしている牧場のスタッフには懐きますし、言うこともよく聞きます。しかし、そのような関係性ができていても、ストレスを感じたときにはスタッフを噛んだり蹴ったりすることがあります。ドライバーは初対面であることがほとんどであるため、そもそも関係性ができていません。警戒心が強くなり、噛まれたり蹴られたりする危険性がさらに大きくなります。

 

過去には、私たちのドライバー仲間の一人が後ろ脚で蹴られ、15メートルほど飛ばされたことがありました。後ろに立つ危険性は広く認識されていますが、馬はイライラすると前脚で蹴る(前掻きといいます)こともあり、安易に正面に立つのも危険です。

 

このことからも分かるように、馬は見た目こそかわいらしいのですが、犬や猫とは違います。ドライバーは、積み降ろしの際に馬の後ろに立たない、常に脚の動きに警戒するといったことを徹底し、危険回避を意識しながら馬に接する必要があるのです。

 

ゲームをきっかけにあこがれて…

ドライバー募集では、「ダービースタリオン」や「ウマ娘 プリティーダービー」といったゲームがきっかけで馬が好きになり、馬匹輸送に関わりたいと考える人もいます。ニッチな仕事に興味を持ってくれることはうれしいことです。しかし、本物の馬はゲームで見るイメージとは違います。

 

例えば、馬の体高(肩までの高さ)は160〜170センチメートルほどあり、その迫力に驚く人がいます。また、約500キログラムの体重で足を踏まれれば骨折する可能性があり、そのような危険性を知って恐怖感を抱く人もいます。これは新人ドライバーが辞めていく理由の一つです。

 

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※本連載は、白川典人氏の著書『バックステージの走者 競走馬を運ぶプロフェッショナルの使命』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋・再編集したものです。

バックステージの走者 競走馬を運ぶプロフェッショナルの使命

バックステージの走者 競走馬を運ぶプロフェッショナルの使命

白川 典人

幻冬舎メディアコンサルティング

馬主や生産者、ファンの期待と夢をのせて――。 華やかな競馬界を陰から支える馬匹(ばひつ)輸送の仕事。 その知られざる魅力を余すことなく紹介! 人馬一体となってターフを駆け抜けるその雄姿――。名馬たちが紡いで…

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