遺言書がないとどうなる? 成年後見制度が生む“思わぬ壁”
坪井さんの現状がおおよそ把握できたところで、私は次のようなアドバイスをしました。
「遺言書がない今の状態で、坪井さんが亡くなると、奥様、長男さん、次男さんの3人で、誰がどの財産をどれだけ相続するか話し合う必要があります。これを法律用語では遺産分割協議と言います。奥様に成年後見人がついている坪井家の場合、成年後見人が奥様に代わって遺産分割協議を行います」
坪井さんは真剣な表情でうなずきながら聞いています。
「成年後見人には、被後見人(後見人の支援を受ける人。坪井家の場合は奥様)の財産や権利を守る義務があります。そのため、遺産分割協議では奥様の法定相続分である坪井さんの全財産の1/2を相続するよう主張します。この結果、坪井さんの希望である『長男さんにほとんどの財産を渡す』というご意向を実現するのが難しくなります」
「なるほど。ただ、私の相続では半分を妻に相続させて、その後、妻の相続で妻の財産のほとんどを長男に引き継がせるという流れにするのはどうだろう? 一度妻を経由しても、最終的に長男に財産が渡れば問題ないのだけれど。それに、配偶者は半分までは相続しても相続税がかからないと聞いたことがあるよ」
坪井さんは相続について知識をお持ちのようで、するどい質問をされました。
「その方法でも、結果的には長男さんに財産を引き継ぐことは可能ですが、相続税が高くなるリスクがあります。
奥様がすでに多くの財産をお持ちの場合、長男さんと次男さんは、坪井さんの相続時に相続税を払い、さらに奥様の相続時に、坪井さんから奥様が相続した財産が増えた状態でもう一度相続税を払う必要があります。
坪井さんの相続時には、配偶者の税額軽減という制度を使って相続税を軽減できますが、奥様の相続時には、相続人が2人になり、かつこの軽減制度が使えなくなります。そのため、トータルで見ると奥様が相続することで相続税が高額になる場合が少なくありません」
坪井さんは真剣な顔でノートにメモを取り始めました。
「坪井さんの相続と奥様の相続でトータルの相続税を安くするためには、まずはお二人の財産額を把握し、奥様にどれほど相続させるのが最も有利か検討する必要があります。
その割合がわかったら、それに基づいた内容で遺言書を作成されると良いでしょう」
「なるほど。成年後見人がついているからといって安易に妻に半分を相続させようとすると、損する可能性があるのか。早速、夫婦二人分の現状分析をお願いします。まずは私から必要な資料を準備して送るよ」
坪井さんはやるべきことが明確になったことで、顔つきが引き締まり、足早に帰って行きました。

