増額に喜ぶも、後から気づいた落とし穴
山本和夫さん(仮名/70歳)は、東京都内で妻と2人暮らしをしています。65歳で中堅メーカー企業の定年を迎えた彼は、年金の受給額が月16万円と決まったとき、「もう少しなんとかならないものか」と感じていました。そのときに耳にしたのが「年金繰下げ受給で最大42%増額」という制度の話です。
「家計に余裕ができるなら、70歳まで待ってもいいかと思ったんです。そのときは、税金とか社会保険料なんてほとんど考えてなかったですね」
70歳での受給額は月22万円。年間で約72万円増える計算です。「これだけ増えるなら」と、彼は即座に繰下げを選択しました。そして迎えた70歳、いざ受給が始まると、彼を待ち受けていたのは意外な結果でした。
「税金が増えて、手取りが思ったより少なかったんですよ。これじゃあ、なんのために5年待ったのか……。いまさら後の祭りですが、そのとき初めて、税金のことをちゃんと考えなかった自分を責めましたね」
具体的には、所得税と住民税が増加し、手取り額を計算すると、受給額22万円の恩恵はかなり削がれてしまいました。
「5年間待つあいだも、生活費は貯金を崩してたから、貯蓄が減ったことも後悔の一因です。繰下げなければ、もっと安定した老後を過ごせていたんじゃないかと思うと、正直複雑です」
年金繰下げ受給の「魅力」と「見えにくいリスク」
山本さんの経験は、年金繰下げ受給のメリットとデメリットを如実に表しています。制度自体は決して悪いものではありませんが、その影響を正しく理解していないと、思わぬトラブルに見舞われることもあります。
メリット
1. 増額効果
1ヵ月ごとに0.7%、1年で8.4%、最大42%増える仕組みは、多くの人にとって非常に魅力的に映ります。長生きすれば、総受給額が大きくなる可能性もあります。
2. 安定収入
増額された年金が毎月定額で受け取れるため、老後の生活設計が立てやすくなります。資産運用が苦手な人にとっては、大きな安心材料です。
デメリット、リスク
1. 税金や社会保険料の増加
増えた年金額が課税所得として計算されるため、税率が上がる可能性があります。また、住民税や後期高齢者医療保険料が増えることも一般的です。結果として、手取り額が思ったほど増えないケースがあります。
2. 健康リスクと寿命の不確実性
繰下げ受給は「長生きするほど得をする」仕組みですが、健康状態や寿命は誰にも予測できません。仮に70歳からの受給を選んでも、早く亡くなってしまった場合には、せっかくの増額分を享受する機会を失うことになります。
3. 生活資金の不安定化
繰下げ期間中の生活費をどう賄うかも大きな課題です。貯蓄を取り崩す場合、予期せぬ出費が発生すれば、想定していた以上に資産が減るリスクがあります。