最近増えている「怪しい問い合わせ」
本稿のきっかけは、先日X(旧Twitter)にて、ある司法書士が「このような会社設立の問い合わせがいっぱい来ているのですが、何か知っていますか?」と投稿したことです。これに対し、多数の同業者から「うちの事務所にも来ています」と反響がありました。
問い合わせの中身は「株式会社を設立したい」というもので、どの事務所に対しても資本金は「1,000万円」と一律に記載されています。また、「仕事が忙しいので電話は難しい、メールと郵送だけで対応してほしい」という要望も共通しています。
また、電話番号も教えてくれません。問い合わせには電話番号が必須ですが、入力欄は「0」で埋められています。
さらに言うと「郵送のやり取りについては、本人限定受け取り郵便にしてほしい」という、なぜそのような方法を知っているのか?と驚くようなニッチな要望まで記載されています。
この問い合わせのどこが「怪しい」のか?
実は今年10月中旬頃、当事務所にも同一の問い合わせがありました。
当時もやはり「電話はできない、メールと郵送だけで対応してほしい」と記載されていました。しかし会社設立にあたっては、犯罪収益移転防止法という法律に基づき、司法書士は本人確認を行う義務があります。
そのため「法律上、本人確認をしなければならないので、原則面談をさせてください」「一度もお顔を合わせずに、完全に郵送とメールだけで会社設立を行うことは不可能です」と返信したところ、連絡が途絶えました。
筆者の場合はそれきりでしたが、踏み込んでやり取りをした司法書士もいたので、同業者つながりで話を伺いました。
ある司法書士は、発起人(出資者)と代表者の身分証明書や印鑑証明書はPDFで受け取ったそうです。ただ、その証明書の人物が、たまたま司法書士の知り合い(しかも近所住み)だったのです。「一応、本人確認をさせてください」と伝えたところ、相手は何だかんだ理由をつけて避けたがりました。それでこの司法書士も「やはり怪しい」と感じたそうです。
また、複数の司法書士に尋ねたところ、資本金はすべて「1,000万円」であることもわかりました。この金額は、決して珍しいというほどではありません。とはいえ多くの会社では、それなりの規模でスタートするわけでなければ、いきなり1,000万円を投入することはあまりしません。なぜなら資本金を1,000万円とする場合、初年度から消費税の課税業者になってしまい、税金的に決して有利にはならないからです。
資本金999万円であれば消費税の課税業者にはなりません。司法書士としてアドバイスをし、「本当に資本金1,000万円でいいのですか?」と確認を重ねましたが、それでも問い合わせ主はいろいろな理由をつけ、かたくなに「資本金1,000万円」にこだわったそうです。
資本金の額だけで「怪しい」と断定することはできませんが、各司法書士によると問い合わせ主は一律で「資本金1,000万円」を提示し、その金額を譲らなかったとのことです。
また当該人物はかなり丁寧で、ポイントをよく踏まえた的確な回答をしてくるので、会社設立に慣れている印象を受けたとのことです。筆者が対応した当時を振り返っても、問い合わせの内容はかなり詳細で、「初めて会社を作る人」という印象ではありませんでした。
この問い合わせは、東京都だけではなく九州や東北などの司法書士事務所にも届いています。上述の情報に加え、当該人物が全国規模で同一の問い合わせを送っているという時点で、これが通常の問い合わせではないことがほぼ確定していると考えられます。
この問い合わせの「目的」とは?
では、この問い合わせは何が目的なのでしょうか。筆者としては、3つほど考えられるのではないかと思います。
①株式会社設立費用のマーケティング調査
②反社会的勢力のフロント企業設立
③マネーロンダリング
まずは非犯罪的な目的として、株式会社設立費用のマーケティング調査が考えられます。設立にどれくらいの費用がかかるかも含めて全国的に問い合わせが届いていますので、株式会社の設立にかかる司法書士報酬を調べるためにどこかの業者が送っている可能性があります。ただ、もしそうなら、問い合わせ主が印鑑証明書まで送ってくることは考えられません。
対して、犯罪に絡む部分が大きいのではと考えると、反社会的勢力のフロント企業設立を目的としている可能性もありそうです。また、新会社の設立にしては資本金がそこそこ高額であることから、いわゆるマネーロンダリングを目的にしている可能性も考えられます。
ここで、会社を設立する際になぜわざわざ司法書士を通すのか、フロント企業の設立やマネーロンダリングが目的なら自分で設立手続きをすればよいのでは?と思う人もいるでしょう。
司法書士を通す理由は、「司法書士を代理人にするほうが都合がよいため」と考えられます。
株式会社の場合、定款を作る際に公証役場で反社会的勢力ではないかどうかを確認(=反社チェック)します。反社チェックでは、発起人が公証役場に直接出向いてやり取りを行わなければなりません。
実際に反社会的勢力による会社設立であると仮定した場合、発起人や代表者になる人は「一般人」ですから、その印鑑証明書等が反社チェックに引っかかる可能性は低いでしょう。ただ、一般人が公証役場に直接行くと対応が難しい場合があります。
例の問い合わせでは、「メール等のやり取りだけで本人確認をしてほしい」と要望しています。もし要望どおりの方法で本人確認を済ませれば、あとは司法書士が公証役場に赴き、反社チェックのやり取りを行いますから、スムーズに進められるというわけです。
またマネーロンダリング目的の場合においては、司法書士が代理人となって定款を作ることで、資金移動の際に金融機関から怪しまれにくいと考えているのではないでしょうか。このような理由から、わざわざ手数料を払ってでも、司法書士に代理を依頼しようとしている可能性があります。
「社長になりませんか?」は闇バイトの可能性
司法書士もそうでない人も、このような“怪しい会社設立”の相談にご注意ください。
まず司法書士の読者は、当然ではありますが、本人確認をしっかりと行いましょう。これは普通の問い合わせではない可能性があります。本人確認ができないようであれば、設立を受諾してはいけません。
新人司法書士でまだ仕事が少ない状況だと、このような案件に飛びつきたくなる人もいるかもしれません。しかし、「法律で決められたことですから、本人確認ができないと設立できません」ときちんと跳ね除けましょう。
司法書士ではない一般読者の場合は、いわゆる“名義社長”という形でこのような案件と関わってしまう可能性があります。「株式会社を作るので、そこの社長にならないか」「お金を払うから名前だけ貸してくれないか」などの提案を受け、印鑑証明書と身分証明書を提供してしまうケースです。
株式会社では、会社に何かあった場合は役員に責任が生じます。軽い気持ちで印鑑証明書と身分証明書を貸したら、いつの間にか知らない会社の名義社長にされていたばかりか、身に覚えのない責任が生じてしまったとなれば悲惨です。
この“名義社長”は、近年問題化している「闇バイト」の1つである可能性もあります。お金目的で安易に名義社長に就任してしまうことのないよう、十分にご注意ください。
佐伯 知哉
司法書士法人さえき事務所 所長
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