欧州各国の課税強化で超富裕層の国外脱出が相次ぐなか、税優遇措置でお金持ちを受け入れる「スイス」の狙い

欧州各国の課税強化で超富裕層の国外脱出が相次ぐなか、税優遇措置でお金持ちを受け入れる「スイス」の狙い
(※写真はイメージです/PIXTA)

イギリスやフランスなど欧州各国は超富裕層に対して所得税の増税などの課税強化策を推進しています。これに伴い国外に脱出する超富裕層が相次いでいます。一方で税制優遇措置で超富裕層を受け入れる国がスイスです。本連載では、富裕層の国際相続の諸課題について解説します。

富裕層課税強化の世界的動向

フランスのミシェル・パルニエ首相は2024年10月、法人税率の引き上げと年収50万ユーロ(約8,000万円)以上の世帯に所得税増税をする案をTVのインタビューで話しました。

 

イタリアは2024年8月、同国に移住した富裕層の国外所得に一律に適用している「フラットタックス」の税率を2倍に引き上げて年間20万ユーロにしました。

 

イギリスも労働党に政権が交代し、超富裕層へ課税強化する方針です。

 

また、2024年7月にブラジルで開催されたG20財務相・総裁会議において、議長国のブラジルは、フランスの経済学者ガブリエル・ズックマン氏に委託して作成された報告書に基づいて、10億ドルを超える資産に対する年間2%の税率導入を提唱しました。

 

この会議では大手IT企業に対する「デジタル課税」を国際間の課税ルールとすることが取り決めました。そして超富裕層についても、今後課税を強化することで一致しました。

フランス富裕層の国外脱出

フランスでは、多くの超富裕層が国外に脱出する事件が起こりました。フランソワ・オランド前大統領の時です。

 

オランド前大統領は、2013年からは2年間の時限措置で年収100万ユーロを超える個人の所得税率を40%から75%に引き上げる案を示しました。この税は2015年に廃止されました。オランド大統領は、この税の導入を大統領選挙の公約としてサルコジ大統領を破って当選しました。

 

この税制改正の結果、フランスの富裕層の100人以上がフランスの隣国のベルギーに移住しました。日本と異なり、国境を接している国が多く、またEU域内であれば、国境を越えて通勤することも可能です。例えば、オランダでは、朝になると隣国に働きに行き、夕方になるとオランダに帰る労働者がいます。

 

フランスから脱出した富裕層は、隣国からフランスに通勤することが可能です。日本でいえば、東京の会社に新幹線通勤をするイメージです。

 

富裕層の国外移住の結果、通常、取引の少ないパリの高級住宅あるいは地中海沿岸の別荘地が売りに出されました。オイルマネーで資金力のある中東の超富裕層がこれらを購入したようです。

 

国外脱出に際して大きく報道されたのが、フランスの俳優のジェラール・ドパルデュー氏でした。彼はロシアに移住して国籍を取得しました。ロシアを選んだ理由は、彼がプーチン大統領の支持者であったからです。プーチン大統領はこれを政治的に利用して、彼に国籍を与えるセレモニーを実施しました。

 

ですがロシアがウクライナに侵攻した際、ドパルデュー氏はこの侵攻を非難しています。

 

フランスは富裕層の国外移住に離国税を課す制度があります。日本の出国税と同様です。国外に転出する場合、所得税を課税するというものです。しかし離国税は、フランス居住者が他のEU加盟国の居住者となる場合には課税されません。

有名俳優たちが移住する国「スイス」

フランスやイギリスなど超富裕層への課税強化を推し進める一方で、超富裕層を受け入れる政策を取っているのがスイスです。

 

スイスでは、お金持ちの外国人を対象にした税制優遇措置(州税としての一括税)を設けている州がいくつかあります。スイス国籍がなく、スイスに初めて(または10年以上不在後に)居住または永住するが国内で就業していない人を対象にしています。

 

スイスで住む家の賃貸価値の5〜7倍の額を納税すれば、外国で得た収入には課税されません。この税制を利用するために、世界的な映画俳優などがスイスに移住しています。

 

なお、スイスは連邦税よりも州税の負担が重いことから、州税である一括税を利用することで税負担が軽減されます。

 

優遇措置によって裕福な外国人を受け入れることで、豪邸や高級レストランが建設されていきました。

 

しかし、この税制に批判する住民も多くいたため、一部の州では一括税を廃止しました。

 

結果として、スイスから他国に移住した人もいれば、税負担が増加しても、治安と景色の良いスイスに居住をすることを続ける人もいました。

 

矢内一好

国際課税研究所首席研究員

 

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