貿易赤字を拡大させた「資本移動の自由」と「高金利」
たとえば、1980年代当時、日本企業が貿易黒字で得たドルを次から次へと売却しようとし、なおかつ日本国内でもドルの需要が乏しければ、ドル安・円高になって、米国の貿易収支の赤字幅は縮小したかもしれません。
同時に、日本の企業や金融機関が米国債を買う量も減るので米国の金利が上昇して米国の内需が抑制されることで、やはり日米の貿易不均衡は早めに一部是正され、「ドルや米国債のハード・ランディング」が懸念されることもなかったかもしれません。
ただし、もし、日本の輸出企業が「円には換えず、ドルのままで保有したい」と思ったり、日本の輸出企業がドルを売るときに日本の金融機関や投資家がちょうど「ドルを欲しい」と思えば、ドル安・円高にはなりません。
あるいは、日本の輸出企業も「ドルで持ちたい」と思い、日本の金融機関や投資家も「ドルを欲しい」と思えば、ドル円には上昇圧力が生じます。
当時、この役割を果たしたのが、米国の高金利でした(→いまもそうです)。日本の企業は貿易で得た巨額のドルを売却せずに、また日本の金融機関も米国債の保有を拡大しました。
忖度であり、支援であり…そして、「ブラックマンデー」へ
当時をふりかえる複数の書籍には、1980年代当時の本邦の金融機関は「護送船団方式」の下で、米国債の入札のたびに大蔵省から本邦金融機関の投資部門に「ヒアリング」と称する電話が入り、実質的に米国債の購入を促す「指導」が行われていたとの記述があります。
これを聞いて「いまも昔も同じだな……」と感じる方もいらっしゃるかもしれません。
いずれにせよ、米国は、高い金利によって、日本からの資本フローを呼び込むことで内需や輸入の一部をファイナンスしていました。
もちろん、ドル安・円高は、日本の輸出企業にとっては米国内での販売シェアや収益を失うことにつながるわけですから、日本の輸出企業には「ドルを売却しないことで、ドル安・円高を招かない」インセンティブがあります。
まとめれば、米国には「高金利で日本からの資本流入を促し、旺盛な消費を続けたい」という思惑があり、日本には「ドル高を維持して、日本の製品を買い続けてもらいたい」という思惑があったでしょう。
言い換えれば、「米国の高い金利が日本勢によるドル保有を誘ったのか、日本企業がドル安・円高を恐れて、ドルのままで保有したのか」というのは、両面あるでしょう。
ただ、①1970年代までの資本規制が維持されているか、②日本企業が早々にドルを売却していれば、実際に生じた水準よりもドルは低く、米国の金利は高く、おそらく国際収支の不均衡はいくぶん規模が小さかったことに疑いはないでしょう。
いずれにせよ、当時懸念されていたのは、アメリカの経常収支や貿易収支の赤字が持続不可能だと認識され、ドルや米国債が売却され、アメリカから資本逃避が起きることでした。
このハード・ランディングが現実化したといわれたのが、1987年10月のブラックマンデーでした。
重見 吉徳
フィデリティ・インスティテュート
首席研究員/マクロストラテジスト
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