レーガン1期目の「帝国主義循環」
1980年代前半の米国経済をふりかえると、ボルカーFRB議長による強い金融引き締めが招いた1981~82年の深刻な景気後退のあと、レーガン1期目政権の減税や防衛支出の増加、そして金融緩和によって、米国経済は高成長を見せます。
米国国内の生産では旺盛な内需を賄いきれず、輸入が増加して、貿易収支の赤字幅は拡大しました。米国に製品を輸出して貿易黒字を計上したのは、日本やドイツなどです。
同時に、「内需の増大は市場金利を押し上げ、その高い市場金利や内外金利差が外国からの資本流入を呼び込んでドルは上昇し、ドルの上昇は米国経済にとっての購買力上昇となり、同国の内需や貿易赤字のさらなる拡大につながる」というフィードバックが起きました。これは「帝国主義循環」と呼ばれます。
念のために確認をしておくと、いま筆者は「高金利が資本流入を呼び込んだ」と書きましたが、日本企業が輸出でドルを受け取った時点で、日本から米国への「資本流入」となります。そこに「高金利に惹かれる」という事態は生じません。
まして、「資本流入」といっても、たとえば、日本の輸出企業は、米国の金利や期待成長率が高いことを理由に、円をドルに換えて、ドル保有を拡大したわけではありません。あくまで、輸出で受け取ったドルを円に換金しなかったということです。
ただし、後述するとおり、(ドルを受け取り、ドルを売らなかった)日本の輸出企業とは別に、ドルを持っていない日本の民間金融機関や大蔵省・日銀が、①米国の高金利につられてか、②ドルや米国債の下落を防ぐためか、米国債に積極的に投資を行ったという事実は存在します(→ただし、こうして国内主体の一部が円を手放しても、円の国内流通量は減りません)。
話を戻すと、ポイントは、日本企業が輸出で受け取ったドルを円に換金しようとしなかったことや、そうしないインセンティブ(≒米国の高い金利や成長期待、もしくは、ドル安・円高による業績不振の回避)にあります。
実際には、「日本」は、輸出で受け取ったドルを円に換金することはできません。あくまで当時は、日本の企業、金融機関を含め、「日本」が総体として、ドルを持とうとするドル需要が大きかったために、ドル高・円安の圧力が生じました。