国際的な二重課税のリスク
日本税理士会連合会は、令和元年6月27日に開催された第1回理事会において「令和2年度税制改正に関する建議書」を決定しました。その項目29では、相続税租税条約の締結促進を進めることが提言されています。
平成29年度の税制改正において、相続税および贈与税の納税義務の範囲が見直され、国内に住所を有していない期間の基準が5年以内から10年以内に改正されました。これにより国外財産を含めたすべての取得財産に係る相続税および贈与税の課税範囲が拡大され、その結果、国際的な二重課税が生じるリスクも高くなっています。したがって、日本税理士会連合会は「すでに相続税に係る租税条約を締結している米国以外の国とも租税条約を締結することによって、当該リスクを解消する必要がある」と説明しています。
日本が締結している唯一の相続税租税条約は、対米国との間に締結している日米相続税・贈与税租税条約(以下「日米条約」とします)で、昭和29年4月に署名、昭和30年4月に発効して以降、現在まで内容に変更はありません。
米国に相続財産がある場合のプロラタ計算
日本から見て重要な事項は、被相続人および相続人が日本居住者で、米国に相続財産がある例です。これは米国に不動産等を所有する典型的な相続事例といえます。
米国市民、米国居住者に対する基礎控除額は令和6年が1,361万ドルとなっています。非居住外国人への基礎控除額が6万ドルです。
非居住者の相続税申告書はForm706-NAといいますが、これはアメリカ合衆国の市民ではなく、かつアメリカに居住していない人が亡くなった時にIRS(アメリカ合衆国内国歳入庁)に提出する遺産税の申告書のことです。
その解説書(Instructions for Form706-NA)には、内国歳入法典第2102条(b)(3)に次のように規定されています。被相続人が日本居住者であり、かつ米国の非居住外国人である場合、その控除額については、米国市民・居住者用の基礎控除額から米国に所在する遺産の割合を乗じた額になるとなっています。
たとえば被相続人の死亡時における米国連邦遺産税の基礎控除額が10億円だとして、米国に所在する遺産の割合が世界全体のうち20%に相当する額の場合は、基礎控除額は10億円×20%=2億円となります。
日本人についてはアメリカ合衆国の市民と同額の控除を受けることができること、および控除の額については、遺産の一部がアメリカ合衆国以外にある場合は、アメリカ合衆国に所在する遺産の割合を乗じた額に限られることなどを記載した説明書を添付することになります。
なお、米国の場合は、基礎控除額を相続財産から控除する方式ではなく、基礎控除額の税額控除換算額を税額控除することになります。たとえば、米国における非居住外国人の控除額は6万ドルですが、税額換算すると、1万3千ドルです。
内国歳入法典第2102条(b)(3)の規定の見出しは、2102条が「税額控除」、同条(3)が「特例」で、同条(b)(3)が「租税条約との調整」です。その概要は、米国の非居住外国人で、米国との相続税租税条約が締結されている国の居住者である場合、米国市民・居住者用の控除額が、米国国内財産を日米合計の総財産で除した割合を乗じた額に減額されて控除することになります。いわゆるプロラタ計算という内容です。プロラタ計算とは、金額を比例的に決める方法です。
ほかの国との条約締結が急務
日本の居住者が米国に不動産を所有する場合の相続では、米国では非居住者の扱いとして課税が行われます。その場合、6万ドルの基礎控除額であれば、納付額が生じることもあります。しかし、日米間のように相続税租税条約が締結されている場合、内国歳入法典第2,102条の適用を受けることから、米国の統合税額控除の金額が大きなことから、米国で課税を免れる可能性があります。
この場合の手続きでは、非居住者の相続税申告書であるForm706NAに、租税条約の適用による控除を受けることを示すForm8,833を一枚の添付で済みます。すなわち、「全世界資産××ドルで、そのうち米国の資産が××ドルなので、日米相続租税条約4条適用の結果、米国での控除額を××ドルとする」と記載することになります。
なお、日米相続税租税条約の適用を受けて、米国における遺産税の課税を免れたことになる場合、「租税条約に関連したことによる報告義務」が生じます。米国の財務省規則§ 301.6114-1 (Treaty-based return positions)にこれに関連した規定があります。
冒頭で触れましたが、米国以外とは相続税・贈与税に関する租税条約を締結していません。当該国に住所がない場合は二重課税になるリスクが生じており、当該国でどのような課税状況であるのかをチェックする必要があるでしょう。
矢内一好
国際課税研究所首席研究員