“母自身”も抱えていた不安
まず、家族信託をするためにはお母様とも話をする必要があるので、一度お母様も含めた形で話し合う場を作ること。そして家族信託で話を進めることで意見が一致できれば、公証役場に行き、公正証書で契約書を作ること。
ここまで進んだら土地建物を信託登記することで、栗田さんが管理でき、そのまま売買契約することができます。
スケジュールをすぐにメモした栗田さんは、その場でお母様に電話をかけて空いている日を聞き、1回目の話し合い日が決まりました。そこで初めて栗田さんのお母様が同席されましたが、お母様自身も今の自分に関して不安を持っているようでした。
「今後、施設などに入ってもいいように、お金を何とかしなきゃと思っていたけど、家を売って何とかできるなら、それが安心だわ」とお母様は家族信託に関しては二つ返事で賛同しました。
そのまま円滑に家族信託に必要な準備は進み、栗田さんの積極的な動きもあり、無事に早めに家族信託することができました。
親が認知症になってからでは遅い
気がつけば、栗田さんに出会ってから2回目の春がやってきました。
桜も満開で見頃だったので、私は子供と一緒に花見に出かけようと支度をしていると、一本の電話が鳴りました。栗田さんからでした。
「いやー聞いてくれよ、お陰様で家が早く、希望価格より高く売れてさ」栗田さんの晴々しい声が受話器から聞こえます。
「しかも、あんたに色々手伝ってもらった後、すぐに母さんのぼけがひどくなってよ。病院に連れて行ったら、自宅介護は大変だから施設に入れた方がいいって言われて。もし、これが少し遅れて家が売れなくなってたらと思うと、怖かったよ。本当、あんたに相談してよかったよ」と栗田さんらしいぶっきらぼうな感謝の言葉を述べた後、彼はすぐに電話を切りました。
まだまだ日本では浸透していない家族信託という言葉ですが、家族信託という選択を取ることで、今回のようなメリットが生まれるケースは少なくありません。ですが、先ほども挙げたように、家族信託は親御様が認知症になる前の元気なうちに対応しないとできない話でもあります。
「今はまだうちの親は大丈夫」ではなく、「今、親が元気なうちに話をしていく」ことの大切さを今回の事例で感じていただければと思います。
大野 紗代子
税理士
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