(※写真はイメージです/PIXTA)

多くの方が遺言書を作成する理由は、自身の死後に残された人々が遺産で揉めることを避けたいという思いからです。しかし、遺言書に不備があると、法的に有効と認められないことがあり、結果的に遺産を巡る争いの原因となってしまうこともあります。本稿では、80代の兄が看病をしてくれた妹へ遺産を遺そうとした遺言書の事例をもとに、弁護士の根本達矢氏が解説します。

遺言書に書かれていた“兄の思い”

受け取った遺言書は確かに、「財産は全て看病してくれた妹に」と書かれていましたが、いくつかの点で思わず顔を曇らせてしまいました。まず、松井さんに宛てた遺言書のはずが、記載されている名前が【松本】になっていました。

 

それだけではありません。「この遺言書は、亡くなる20日くらい前に兄さんが自分で書いたと聞いたよ」と松井さんは話していましたが、亡くなる20日前であれば記入年は2019年のはずです。しかし、遺言書の記入年は2007年となっていました。

 

更に、長男が遺言書の中で間違えて記入した文字を、二重線を引いて訂正印を押す方法で訂正しておらず、間違えた文字を黒で塗りつぶして新たに書き直してもいました。

 

「なにかちょっと間違っているところはあるけれど、できたら兄さんの思いを受け取りたいのよ」

 

話を一通り聞いた私は少し考えた後、「松井さんの思いはわかりました。今この遺言書を見る限り、内容を実現できる確率は0ではないですが、もしかすると実現できない可能性もあります」と松井さんにはっきりお伝えしました。

 

「ですが、お話を聞いて松井さんの思い、そしてお兄様の思いを実現するために尽力したいと思います。お時間はかかるかもしれませんが、実現に向けて何ができるか、私と一緒に考えながら動いてみませんか?」

 

そう私が提案すると、「……わかりました。できる限りのことはしたいからね」と松井さんは静かに答えました。

次男、三男共に「遺言書の内容には同意できない」

私は事務所に戻ると、すぐにどのような対応ができるか考えることにしました。そして松井さんにお会いした日から約3週間後、私は再び松井さん宅を訪れました。

 

そして早速、松井さんに二つの案を提示しました。まず一つは、遺言書の内容が有効であるという前提で、死後の手続きを進めていくこと。もう一つは、おそらく松井さん宛の遺言書ではあるがその有効性が問われてしまう内容になっているので、落とし所を見つけて和解を前提に話し合いを進めていくこと。

 

「違いとしては、前者の案では遺言書の有効性が認められた場合、すべての財産が松井さんの元に来るということになります。ですが、この遺言書の内容が認められない可能性も高いとも考えられますし、時間がかかることが予想されます。ですので、なるべく早く解決をしたいということでしたら、後者の案がいいと思いました」

 

「なるほどねぇ……」と言ったきり、松井さんはしばらく黙り込んでしまいました。しばらくしてから、松井さんはゆっくり顔を上げて「……でも、やっぱり兄の思いを叶えてあげたいな」と小さな声で言いました。

 

「では遺言書が有効であるという前提で物事を進めていきましょう。早速他のご兄弟様にもご連絡します。連絡内容は、お兄様が亡くなったことと、このような遺言書があり、内容的には松井さん宛てになっているので、お兄様の相続は全て松井さんが受け取るものとした上で相続しようと思うが、異論はあるかないかというものにします」

 

「わかりました。手間かけてごめんね。頼んだよ」

 

私は次男と三男に送る書面内容を作成し、完成後、すぐに二人に送付しました。

 

書面をお送りしてから約1ヵ月後、私の事務所に次男、三男からの返信が届きました。連絡内容に対する返信を見てみると、二人共遺言書の内容に同意できないという回答でした。

 

理由として、遺言書の有効性、そして、松井さんが以前に話していた、母親の相続時に次男、三男それぞれの思った通りにならなかったことが見受けられました。二人の返信を受け取り、私は今後どうすればいいのかを考え、再び松井さん宅に伺いました。

 

居間に案内された後、私は早速新たな二つの案を松井さんに提案しました。一つは、兄弟間でこの相続に関する話し合いを続けるために、調停を起こすか。もう一つは、遺言書が存在するとし、遺言執行者選任の申し立てにするか。

 

「やっぱり、この遺言書の内容をそのままの内容として認められるのは難しいのかね」

 

少し曇った表情で話す松井さんに対し、私は「遺言書の評価としては、やはり難しい部分はあると思います。ですが、話し合いになれば遺言書通りの相続を手にすることはできないかもしれませんが、何より早く解決させることができます」と答えました。

 

松井さんは再度熟考した上で、調停を起こすことにしました。

 

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※登場人物は架空です。プライバシーに配慮し、実際の相談内容と変えている部分があります。

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