Ⅱ ステルスマーケティング規制に関する広告審査のポイントと危機管理的視点の重要性-同規制違反に対する最初の措置命令事案も踏まえて-
1 はじめに
景品表示法は、不当な表示により一般消費者による自主的かつ合理的な商品及び役務の選択が阻害されないよう一般消費者を保護するため、①商品又は役務の内容について、実際のものよりも著しく優良であると示す表示※4(優良誤認表示。同法5条1号。)と、②商品又は役務の取引条件について、実際のものよりも取引の相手方に著しく有利であると一般消費者に誤認される表示※5(有利誤認表示。同法5条2号。)を、規制対象行為として規定していますが、この2つに加えて、景品表示法5条3号に基づき、内閣総理大臣が指定するその他の不当表示も規制対象とされています。
※4 「商品又は役務の品質、規格その他の内容について、一般消費者に対し、実際のものよりも著しく優良であると示し、又は事実に相違して当該事業者と同種若しくは類似の商品若しくは役務を供給している他の事業者に係るものよりも著しく優良であると示す表示であつて、不当に顧客を誘引し、一般消費者による自主的かつ合理的な選択を阻害するおそれがあると認められるもの」
※5 「商品又は役務の価格その他の取引条件について、実際のもの又は当該事業者と同種若しくは類似の商品若しくは役務を供給している他の事業者に係るものよりも取引の相手方に著しく有利であると一般消費者に誤認される表示であつて、不当に顧客を誘引し、一般消費者による自主的かつ合理的な選択を阻害するおそれがあると認められるもの」
このように内閣総理大臣が指定する不当表示の類型が定められているのは、複雑な経済社会において、優良誤認表示又は有利誤認表示のみを規制していては、一般消費者の適正な商品及び役務の選択を不当に妨げる表示に十分に対応できない場合があると考えられたためであり、商品又は役務の内容や取引条件に限らず、「商品又は役務の取引に関する事項」について、一般消費者に誤認されるおそれがある表示※6として内閣総理大臣が個別に指定すれば、それらも景品表示法の規制対象となり、該当する不当表示を行えば、措置命令や課徴金納付命令という行政処分の対象にもなり得ます※7。
※6 「商品又は役務の取引に関する事項について一般消費者に誤認されるおそれがある表示であつて、不当に顧客を誘引し、一般消費者による自主的かつ合理的な選択を阻害するおそれがあると認めて内閣総理大臣が指定するもの」
※7 2024年10月1日から施行予定の2023年景品表示法改正で、優良誤認表示及び有利誤認表示については罰則規定(100万円以下の罰金)が導入されましたが(改正景品表示法48条)、景品表示法5条3号に基づき指定される不当表示については、同改正でも罰則規定の対象にはされていません。
これまで、景品表示法5条3号に基づく不当表示の指定は、無果汁の清涼飲料水等についての表示(果汁が使用されているかのように誤認させるもの等を規制)、商品の原産国に関する不当な表示(商品の原産国を誤認させるもの等を規制)、消費者信用の融資費用に関する不当な表示(融資の際の実質年率を誤認させるもの等を規制)など、比較的、適用対象が限定され、かつ、不当表示の要件も個別具体的に定められる形で行われる傾向にあったといえます。
そして、2023年3月28日、景品表示法5条3号に基づき指定される不当表示に、「一般消費者が事業者の表示であることを判別することが困難である表示」が加わることとなり、同年10月1日から施行されています(以下、この不当表示の指定を「ステルスマーケティング規制」といいます)。このステルスマーケティング規制は、これまでの景品表示法5条3号に基づき指定される不当表示の類型とは異なり、以下で具体的に述べるとおり、適用対象が幅広く、その要件についても多分に解釈の余地があるものとなっているため、広告を行う事業者サイドにおける広告審査の実務に与える影響は少なくないものとなっています。
そのような中、消費者庁は、2024年6月7日に、ステルスマーケティング規制の施行後、初の、同規制違反の行為に対する措置命令を行いました。
そこで、本稿では、この措置命令の内容も踏まえつつ、ステルスマーケティング規制を遵守するために行う広告審査で注意するべきポイントを、できるだけ広告審査の実務において実際に問題となり得る場面にフォーカスして検討した上で、広告審査の実務において「危機管理的視点」を持つことがいかに重要であるかについても考察したいと思います。
2 ステルスマーケティング規制の概要
「一般消費者が事業者の表示であることを判別することが困難である表示」が規制対象となりますが、該当要件がかなり漠然としているため、的確に広告審査を行う上では、規制の趣旨をよく理解することがまず重要となります。
ステルスマーケティング規制が新たに導入された趣旨は、次のとおりとされています。
すなわち、一般消費者は、商品・役務を自ら提供する事業者がその商品・役務の表示をするものであると認識すれば、表示内容にある程度の誇張・誇大が含まれることはあり得ると考え、商品や役務の選択においてその点を加味して検討することが可能です。しかし、実際には事業者の表示であるのにそれを第三者の表示であると誤認する場合には、その表示内容に商品や役務の提供主体であるが故の誇張・誇大が含まれることを認識せず、むしろ、第三者からの客観的で信頼のおける評価であると受け止めてしまい、その結果、商品・役務の自主的かつ合理的な選択が阻害されやすいこととなります。したがって、このような誤認を生じさせる表示を規制するのが、ステルスマーケティング規制です。
具体的には、①対象の表示が「自己の供給する商品又は役務の取引について事業者が行う表示」に該当し(要件①)、かつ、②「事業者が行う表示」であると判別することが一般消費者において困難である(要件②)、という2つの要件に該当する場合に、ステルスマーケティング規制違反となります。これらの要件の具体的な考え方については、「『一般消費者が事業者の表示であることを判別することが困難である表示』の運用基準」(2023年3月28日消費者庁長官決定)※8が公表されています。
※8 https://www.caa.go.jp/notice/assets/representation_cms216_230328_03.pdf
(1)「事業者が行う表示」に該当するか(要件①)
運用基準によると、要件①の「事業者が行う表示」には、下記ア~ウのような表示が含まれるとされ、要するに、事業者が自ら直接表示を行う場合(自社ウェブサイト等で行う表示)のみではなく、実態として事業者が表示内容の決定に関与しているといえる場合(第三者の自主的な意思に基づいて表示されていない場合)は、幅広く、「事業者が行う表示」に該当すると判断される可能性がある点に注意が必要です。
ア 事業者の従業員や事業者の子会社等の関連会社の従業員など、事業者と一定の関係性を有し、事業者と一体と認められる立場の者が行う表示。
<例>
事業者の従業員が、SNS上の個人アカウントで、自ら開発に関与したり、営業を担当している商品の良さについて発信する場合。
イ 事業者が第三者に対して表示内容を明示的に依頼・指示して行わせる表示。
<例>
商品の購入者、ブローカー、アフィリエイター等に依頼・委託して、自らの商品又は役務について表示させる場合。
ウ 明示的な依頼・指示がなくても、客観的な状況に基づき、事業者と第三者との間に、当該第三者の自主的な意思による表示内容とは認められない関係性がある中で、当該第三者が行う表示。
<例>
事業者が第三者に対して自らの商品又は役務について表示することが、当該第三者に経済上の利益をもたらすことを言外から感じさせた結果として、当該第三者が当該事業者の商品又は役務についての表示を行う場合。
(2) 「事業者が行う表示」であると判別可能か(要件②)
また、要件②の事業者が行う表示であると判別できるかどうかについては、「一般消費者にとって事業者の表示であることが明瞭となっているかどうか、逆にいえば、第三者の表示であると一般消費者に誤認されないかどうかを表示内容全体から判断することになる。」とされており、特定のワードが記載されているからといって一義的に問題がないかどうかが判断できるものではなく、個々の表示それぞれが全体として一般消費者に与える印象や認識を踏まえて、事業者が行う表示であることにつき誤解を与えないものとなっているかという個別判断が必要であることが大前提とされています。
このような考え方を踏まえると、表示内容全体から、事業者が行う表示であることが明瞭になっているといえるためには、少なくとも、以下のいずれかが必要であると考えられます。
ア 事業者が行う表示であることを、その旨が明確に伝わる文言や文章を、分かりやすい態様で明瞭に記載することにより、積極的に表示する。
<例>
「広告」、「宣伝」、「プロモーション」、「PR」といった文言や、「A社から商品の提供を受けて投稿している」などの文章を、目に入りやすい場所に、読みやすい大きさで記載する。
イ 上記アのような個別の記載がなくても、その表示の性質そのものから、事業者の表示であることが一般消費者にとって明瞭である又は社会通念上明らかである。
<例>
テレビ放送におけるCM(広告と番組が切り離されており、事業者が行う広告であることが社会通念上明らかである)。
商品又は役務の販売促進のための紹介自体が目的である雑誌その他の出版物における表示。
事業者自身のウェブサイトやSNSアカウントにおける表示。
3 初の措置命令事案について
(1)措置命令の概要
2024年6月7日に消費者庁が行った、ステルスマーケティング規制の施行後、初の、同規制違反の行為に対する措置命令の事案※9は、次のような内容のものとなっています。
※9 詳細は、消費者庁ウェブサイトに掲載されている同措置命令に関する公表資料をご参照ください。
https://www.caa.go.jp/notice/assets/representation_cms204_240607_01.pdf
すなわち、措置命令の対象事業者は、一般消費者に対して医療サービスを提供する医療法人です。
措置命令の対象とされた表示は、当該法人が運営する診療所が、「Googleマップ」内で開設する施設情報を表示する箇所において、当該施設の口コミ及び評価を表す部分に掲載される星マークの表示です。
同措置命令によると、当該法人は、インフルエンザワクチン接種のために診療所に来院した者に対し、「Googleマップ」内の口コミ及び評価の投稿欄で、星マーク5つ又は4つの投稿をすることを条件に、インフルエンザワクチン接種費用から割り引くことを伝えることにより、来院者において、星マーク5つ又は4つの投稿をさせていたと認定されています。
そして、このように、来院者が行う星マークの投稿であっても、星マーク5つ又は4つの投稿をすることを医療法人が明示的に依頼しているため、来院者が行ったこの投稿は、「事業者が行う表示」と認定されています。そして、そうであるにもかかわらず、口コミ及び評価の投稿欄に、単に星マークが掲載されているだけで、「事業者が行う表示」であることが一般消費者において判別できる記載が何も行われていなかったことから、「表示内容全体から一般消費者にとって事業者の表示であることが明瞭になっているとは認められないことから、当該表示は、一般消費者が事業者の表示であることを判別することが困難であると認められる表示に該当する」と判断されています。
(2)ステルスマーケティング規制の該当要件に照らした検討
この措置命令が対象としたような、「Googleマップ」内の口コミ及び評価の投稿欄は、その性質からして、通常、一般消費者において、事業者の意を受けない第三者が自主的な意思に基づいて対象施設の評価を投稿するものであると認識するといえます。しかし、実際には、その口コミ及び評価の投稿内容が、事業者の関与の下に決定されていた場合には、まさに、上記2で述べたような、ステルスマーケティング規制が対象とする、一般消費者による商品・役務の自主的かつ合理的な選択が阻害される状況が生じることとなります。
したがって、本件は、ステルスマーケティング規制が規制対象として念頭に置く事例の典型例のひとつであるといえます。
上記2で整理した該当要件に照らして整理すると、以下のとおり、2要件いずれについても、比較的判断しやすいケースであることがわかります。
<「事業者が行う表示」に該当するか(要件①)>
事業者が第三者に対して表示内容を明示的に依頼・指示して行わせた表示。
→上記要件①イの類型として、「事業者が行う表示」に該当する。
<「事業者が行う表示」であると判別可能か(要件②)>
「事業者が行う表示」である旨の記載が何もされていない(上記要件②ア)。
口コミ及び評価の投稿欄であり、表示の性質そのものからしても、事業者の表示であることが一般消費者にとって明瞭である又は社会通念上明らかであるとはいえない(上記要件②イ)。
→上記要件②ア及びイのいずれも充足せず、「事業者が行う表示」であると判別不能である。
なお、本件を踏まえると、ステルスマーケティング規制違反に該当するか否かの判断においては、来院者が行った星マーク5つや4つの評価が事実に反しているか否かは問題とされないという点で、優良誤認表示や有利誤認表示の違反類型とは考え方が異なることが分かりやすいものと思います。景品表示法の法執行の実務に照らすと、仮に、来院者が行った星マーク5つや4つの評価が、「事業者が行う表示」であると判別不能であるだけではなく、事実に反しているとまで認定できる場合には、優良誤認表示又は有利誤認表示に該当する表示として措置命令が行われることとなる可能性が高いと考えられます。
4 ステルスマーケティング規制に関する広告審査のポイント
上記3のとおり、初の措置命令事案は、ステルスマーケティング規制違反への該当性が外形的にも判断しやすいケースであるといえますが、他方で、上記2のとおり、ステルスマーケティング規制がカバーする表示の態様は非常に幅広いという特徴があります。
そのため、上記2で記載した要件①及び要件②のそれぞれの該当性判断において、各種事情を総合的に考慮した実質判断が必要となるために、ステルスマーケティング規制違反への該当性が一概に判断しにくい様々なケースがあることが想定されるところです。
この点を踏まえると、広告審査において実務的に特にポイントとなるのは、多岐にわたる検討対象のケースの中から、一義的に判断がしにくいケースを適切に把握し、慎重に検討を行うことであると考えられます。
具体的には、例えば以下のようなケースについては、以下のような観点から、個別事案に関する判断が困難となる傾向があり、より慎重な検討が必要といえます。
(1)「事業者が行う表示」に該当するか(上記2の要件①)
ア 事業者と一定の関係性を有し、事業者と一体と認められる立場の者が行う表示の場合(上記2の要件①のうちアの類型)
例えば、このうち、事業者の従業員がSNSで表示をするケースを考えても、運用基準では、その従業員が行う表示が「事業者が行う表示」に該当するか否かは、「従業員の事業者内における地位、立場、権限、担当業務、表示目的等の実態を踏まえて、事業者が表示内容の決定に関与したかについて総合的に考慮し判断する。」とされています※10。
※10 「『一般消費者が事業者の表示であることを判別することが困難である表示』の運用基準」(2023年3月28日消費者庁長官決定)第2の1(1)イ。
具体的には、販売や開発に係る役員、管理職、担当チームの一員等の商品又は役務の販売を促進することが必要とされる地位や立場にある者が、商品又は役務の画像や文章を投稿し一般消費者の当該商品又は役務の認知を向上させようとする表示など、当該商品又は役務の販売を促進するための表示を行う場合には、「事業者が行う表示」に該当するとされています。
他方で、商品又は役務を販売する事業者の従業員ではあるものの、当該商品又は役務の販売を促進することが必要とされる地位や立場にはない者が、当該商品又は役務に関して一般消費者でも知り得る情報を使うなどし、当該商品又は役務の販売を促進する目的ではない表示を行う場合には、「事業者が行う表示」には該当しないとされています。
しかし、具体的な事案に照らした場合には、検討対象とする従業員の業務内容が、対象商品の販売や開発に具体的にどの程度の関連性を有していれば、当該商品又は役務の販売を促進する目的で表示を行っていることとなるのかや、どのような表示内容であれば一般消費者でも知り得る情報を使うにとどまっているといえるのかは、一義的に判断できるものではなく、個々の事情に照らして様々な幅のある判断があり得るものと思われます。また、従業員が行う表示内容が、事業者が供給する特定の商品又は役務に限定したものではなく、事業者の事業全体のイメージ向上につながるような内容であり、ひいては、事業者が供給する商品又は役務全般の販売を促進するような内容である場合には、たとえ当該従業員の担当業務が特定の商品又は役務の販売や開発に関わるものではないとしても、なお、「事業者が行う表示」に該当すると判断される場合もあり得るように思われます。
したがって、個々の事例に照らした場合には、判断基準が必ずしも明確ではなく、ステルスマーケティング規制の規制目的等に照らして実質的な判断をすることが必要であると考えられます。
イ 事業者が第三者に行わせる表示のうち、明示的な依頼・指示がなくても、客観的な状況に基づき、事業者と第三者との間に、当該第三者の自主的な意思による表示内容とは認められない関係性がある場合(上記2の要件①のうちウの類型)
運用基準では、「客観的な状況に基づき、第三者の表示内容について、事業者と第三者との間に第三者の自主的な意思による表示内容とは認められない関係性がある」かどうかの判断に当たっては、事業者と第三者との間の具体的なやり取りの態様や内容(例えば、メール、口頭、送付状等の内容)、事業者が第三者の表示に対して提供する対価の内容、その主な提供理由(例えば、宣伝する目的であるかどうか。)、事業者と第三者の関係性の状況(例えば、過去に事業者が第三者の表示に対して対価を提供していた関係性がある場合に、その関係性がどの程度続いていたのか、今後、第三者の表示に対して対価を提供する関係性がどの程度続くのか。)等の実態も踏まえて総合的に考慮し判断するとされています※11。
※11 「『一般消費者が事業者の表示であることを判別することが困難である表示』の運用基準」(2023年3月28日消費者庁長官決定)第2の1(2)イ。
他方で、「事業者が第三者の表示に関与したとしても、客観的な状況に基づき、第三者の自主的な意思による表示内容と認められるものであれば、事業者の表示には当たらない」とされ、上記と同様の考慮要素を踏まえて、例えば、「事業者が第三者に対して自らの商品又は役務を無償で提供し、SNS等を通じた表示を行うことを依頼するものの、当該第三者が自主的な意思に基づく内容として表示を行う場合」、「ECサイトに出店する事業者が自らの商品の購入者に対して当該ECサイトのレビュー機能による投稿に対する謝礼として、次回割引クーポン等を配布する場合であっても、客観的な状況に基づき、当該購入者が自主的な意思により投稿内容を決定したと認められる投稿を行う場合」などがその具体例とされています。
以上を踏まえると、運用基準においては、結局は、各種事情を総合考慮して、「第三者が自主的な意思に基づく内容として表示を行っているといえるか否か」という実質判断次第で結論が左右されるという以上の基準は示されていないように思われます。そして、このような実質判断は、個々の事例に応じて、さまざまな考え方があり得るため、広告審査において一律の基準を非常に設けにくいと考えられます。
特に、上記の例のように、事業者が第三者に対して自らの商品又は役務を無償で提供したり、謝礼を渡してレビュー機能への投稿を依頼した場合には、たとえ明示的に表示内容についての指示や依頼はないとしても、具体的事情によっては、暗黙の内に表示内容を忖度するような状況が発生していることも十分に考えられます。したがって、このような場合でもなお「第三者が自主的な意思に基づく内容として表示を行っているといえるか」の判断は慎重に行う必要があると考えられます。
(2)「事業者が行う表示」であると判別可能か(上記2の要件②)
ア 表示の性質そのものから事業者の表示であることが一般消費者にとって明瞭である又は社会通念上明らかであるとは必ずしもいえない媒体で表示がされる場合で、かつ、「事業者が行う表示」であることに関する一定の記載がされている場合
運用基準では、「事業者が行う表示」であると示すために、「広告」、「宣伝」、「プロモーション」、「PR」といった文言による表示を行う場合でも、表示内容全体から一般消費者にとって事業者の表示であることが明瞭となっていると認められない場合もあるとされており※12、以下のような場合には、表示内容全体からして、事業者の表示であることが不明瞭な方法で記載されていることとなるとされています※13。
※12 「『一般消費者が事業者の表示であることを判別することが困難である表示』の運用基準」(2023年3月28日消費者庁長官決定)第3の2(1)ア。
※13 「『一般消費者が事業者の表示であることを判別することが困難である表示』の運用基準」(2023年3月28日消費者庁長官決定)第3の1(2)。
<記載内容が一義的でない場合>
●事業者の表示である旨について、部分的な表示しかしていない場合。
●文章の冒頭に「広告」と記載しているにもかかわらず、文中に「これは第三者として感想を記載しています。」と事業者の表示であるかどうかが分かりにくい表示をする場合。あるいは、文章の冒頭に「これは第三者としての感想を記載しています。」と記載しているにもかかわらず、文中に「広告」と記載し、事業者の表示であるかどうかが分かりにくい表示をする場合。
<物理的な記載の仕方により認識のしにくさがある場合>
●一般消費者が認識できないほど短い時間において当該事業者の表示であることを示す場合(長時間の動画においては、例えば、冒頭以外(動画の中間、末尾)にのみ同表示をするなど、一般消費者が認識しにくい箇所のみに表示を行う場合も含む。)
●事業者の表示である旨を周囲の文字と比較して小さく表示した結果、一般消費者が認識しにくい表示となった場合。事業者の表示であることを一般消費者が視認しにくい表示の末尾の位置に表示する場合。
●事業者の表示であることを他の情報に紛れ込ませる場合
したがって、「事業者が行う表示」であると示す文言が何も表示されていない場合は、その表示に問題があることは明確に判断できますが、逆に、「事業者が行う表示」であると示す記載を入れる際には、その記載内容や記載方法で十分に明瞭になっているといえるかどうかについて、様々な角度から表示内容全体が与える印象・認識を検討した上で、慎重な判断が必要となるといえます。
5 危機管理的視点の重要性
(1)「危機管理的視点」とは
上記4のとおり、ステルスマーケティング規制に抵触しない表示になっているかどうかの審査においては、個別の事例について、各種事情を個別具体的に踏まえた総合考慮による実質的な判断によるしかない場合が多分に生じるといえます。
このような審査を行う際には、その実質判断として、一刀両断に結論が決まるわけではなく、いずれの結論もあり得るといった状況や、結論を決めかねる状況も少なくないものと思われます。
このような場合に、できるだけ適切にリスクを管理する上では、「あえて最もリスクがある見方・見解・考え方・整理の仕方に立ち、それでもなお、景品表示法を遵守しているという合理的な説明が可能かを検討する」という、「危機管理的視点」を明確に意識することが有益であると考えられます。
このように言ってしまうと当たり前のことのように捉えられがちだと思いますが、筆者において、2021年6月から2023年2月まで消費者庁表示対策課に所属し、多数件の景品表示法違反事案の行政調査に携わった中での実感としては、リスク具現化した文字通り危機的な状況になった場合にはともかく、平時の広告審査の中では、「危機管理的視点」を意識しきれなくなってしまう傾向があるように感じられる事案が少なくありませんでした。
社内で完結する広告審査の中では、あり得る複数の考え方の中で、どうしても楽観的な見方を選択しがちになる部分もあると思われます。このような中、「危機管理的視点」をあえて意識する上では、上記のような高度な実質判断が求められるようなケースだけでも、社内の特定の広告審査担当者のみで検討するのではなく、社外の専門家の意見なども踏まえて、多角的な視点からリスクを分析することも有益であると考えられます。
(2)「危機管理的視点」の活用
各種事情を個別具体的に踏まえた総合考慮による実質的な判断によらないと結論が出ない状況は、実は、ステルスマーケティング規制に限ったものではなく、本来的には、優良誤認表示及び有利誤認表示に関する広告審査全般において、多かれ少なかれ常に、同様の検討が求めれることとなります。
というのも、結局、表示規制の根幹は、「表示内容全体が一般消費者に与える印象・認識と、実際との間に、齟齬がないか」という検討をすることに尽きるためです。このとき、議論の出発点として、そもそも、「表示内容全体が一般消費者に与える印象・認識」がどのようなものかを適切に把握することが重要になりますが、この判断では、まさに、ステルスマーケティング規制の要件②(「事業者が行う表示」であると判別可能か)の検討と同様に、表示内容全体が一般消費者に対してどのような印象・認識を与えると解されるかを総合考慮して実質的に判断することが求められることとなります。したがって、「危機管理的視点」は、ステルスマーケティング規制に限らず、広告全般の審査においても有益であると考えられます。
また、景品表示法に違反する表示をしていた場合、課徴金納付命令の対象となりますが、「課徴金対象行為をした期間を通じて、対象の表示が景品表示法違反に該当することを知らず、かつ、知らないことにつき相当の注意を怠った者でないと認められるとき」が課徴金納付命令を課すための消極要件(当該要件が認められれば課徴金が課されない)とされています※14。そして、高度な実質判断が求められるケースで、結果として景品表示法に違反するとの判断を受けてしまった場合でも、広告審査の段階で「危機管理的視点」を意識し、外部専門家の意見も踏まえるなどして多角的に検討を尽くしておくことは、この消極要件における相当の注意を尽くしたことを主張する上でも有益といえます※15。
※14 景品表示法8条1項但書。
※15 当該要件の該当性は、景品表示法26条が規定する管理上の措置の実施状況なども踏まえて総合的に判断されるため、この点だけで結論が決まるものではありませんが、重要な考慮要素のひとつにはなると考えられます。
6 おわりに
以上述べたとおり、ステルスマーケティング規制のような一義的な判断が行いにくいケースを含む領域においては、「危機管理的視点」を踏まえたリスク分析の活用が有効と考えられます。
同時に、今後の措置命令事案の積み重ねや、デジタル領域における技術の進歩等に応じた検討の蓄積により、ステルスマーケティング規制の運用基準の更なる明確化も期待されるところです。
これらの今後の動向を注視しつつ、実効的なリスク低減につながる広告審査のあり方を試行錯誤し続けることが肝要と思われます。