タワマンライフを謳歌するはずが、理事長のお鉢が回ってきて…
都内一等地にそびえたつ、とあるタワマン。ウキウキでタワマン生活をスタートさせた50代の会社役員・T氏のもとに突然、「タワマン管理組合」の理事長のお鉢が回ってきた。
就任のタイミングは、初回の大規模修繕工事が終了した直後。しかし、この工事で当初の想定を大幅に上回る費用が発生し、余裕のはずの修繕積立金がスッカラカンに。以後は、将来の定期メンテナンスや大規模修繕に備え、住民たちに修繕積立金の大幅値上げをのんでもらわなければならないという、きわめて過酷な課題を背負っての理事長就任だった。T氏以外の住民たちはみんな、自分に順番が回ってこなかった幸運に胸をなでおろしていた。
「羨望の住まい」「富裕層の砦」などと持て囃されるタワマンだが、築10年を経過したころから、雲行きは一気に怪しくなっていく。初回の大規模修繕の実施時期に重なることで、多くの管理組合はタワマン維持・管理の難しさに直面することになる。
さらにその重圧だけでなく、管理組合、とくに理事長は、タワマンに暮らす住民たちのさまざまな要望、クレーム、ときには滅茶苦茶ないちゃもんにも、真摯に向き合わなければならない。
憧れのタワマンに引っ越したウキウキ気分から一転、T氏のツラすぎる理事長生活がスタートした。
早朝のエレベーターホールに響く謎の音に「幽霊だ!」
タワマンだからといって、すみずみまで静謐な空間が広がっているわけではない。一般のマンションと同様、生活騒音の苦情は日常的に理事会へと寄せられてくる。
日常的に騒音に悩んでいる住民の方も多く、「管理組合でなんとかしてください!」と詰め寄られることもしばしばあるが、悲しいかな、管理組合は住民個別の問題に対応できないのが実情だ。とはいえ、お声が掛かれば理事長はできる限り話を聞き、状況の鎮静化を図るよう努力する。
あるとき、T理事長のもとに奇妙な苦情が寄せられた。
「早朝のエレベーターホールから、鐘のような音が聞こえる」
数人から寄せられた同様の訴えに、T理事長は首をひねった。
「一体なんでしょうねぇ…?」
あちこち調べて回ったが、異常は見当たらない。
「何か気づいたら、また教えてください」
様子見をしていたT氏だが、うわさがうわさを呼び、数週間後には「エレベーターホールに幽霊が出る」とまで話に尾ひれがついてしまった。
これは放置できないと、T理事長は冬の早朝暗いうちから、マンション管理業者と一緒に現場に立って状況を見守った。
待機すること1時間。どこからともなく、「リン…リン…リン…」と、澄んだ高い音が聞こえてきた。
「あっ、聞こえるぞ!」
T理事長が管理業者のほうを振り返ると、20代前半と思しき彼は、目をこすりながらだるそうに言った。
「これ、たぶん目覚まし時計の音じゃないですかね…」
「おそらく、エレベーターシャフト(昇降路)の近くお宅の目覚ましの音が、壁を伝ってエレベーターホールまで響いているのだと思いますよ。前も別のマンションで、同じような話がありましたね、そういえば」
T氏は(だったら、先に教えろよ)という言葉をグッと飲み込み、「なるほど~!」と、感心して見せた。
業者を帰したあとに書類を調べると、たしかに業者が指摘した近辺で、最近住人が入れ替わっている。
T氏は目星をつけた部屋を訪れ、住人に事情を尋ねたところ、確かにその時間に目覚ましをセットしているということだった。寝起きが悪いため、お気に入りのアナログの目覚まし(かなり独特なベル音)を大音量で設定していたとのこと。住民はしきりに恐縮し、別の方法をとるようにします、と申し出てくれ、この問題は解決した。
エレベーターシャフトがボイスチューブ(船舶などで乗組員が業務連絡を交わす伝声管)のような役割を果たしてしまったことから起こる問題だが、設備の整ったタワマンにも、このような現象が起きることを知り、T氏は意外に思ったのだった。