酔っぱらいサラリーマン住民がギョッとした、あり得ない侵入者
都内一等地にそびえるあるタワマン。午前1時過ぎ、ここの住人で、金融機関勤務のAさんは、接待に疲れ果て、よろめきながらエントランスへとたどり着いた。
オートロックを開錠し、広いロビーの奥のエレベーターで自宅階へ。カゴの壁面に力なくもたれかかったAさんだが、ふと違和感を感じて顔を上げた。エレベータ内にかすかに漂う、酒やタバコの類ではない、なんだか不快な臭い。だが、どこかで嗅いだことがあるような…。
エレベーターを降りると、視界の端に小さな黒い影をとらえた。
「えっ…!?」
思わす目を凝らすと、ほんの数メートル先に、丸い小さな黒いものがたたずみ、こちらを見ていた。飲食店でのアルバイト経験があるAさんは息をのんだ。
「ネズミだ!」
小さな影は壁際を沿うようにして走り、あっという間に暗がりへと消えた。
「理事長ォ~!!!」
Aさんの絶叫が、夜のタワマンにこだました。
「まずはゴミ置き場から見てみましょうか」
翌土曜日早朝、Aさんの要請を受けたタワマン理事長・T氏は調査を開始した。
このタワマンのエントランスはオートロックでシャットアウトされ、しかも建物内通路はすべて内廊下仕様となっている。つまり、人間はもちろん、動物であっても外部からの侵入が厳しい“難攻不落”のタワマンなのだ。ネズミごときが入り込む余地などないはずだが、一体どこから、どのように侵入したのか。
「まずはゴミ置き場から見てみましょうか」
寝不足で半分屍のようになっている副理事長を伴い、T氏はごみ置き場へと向かう。T氏は、ごみ置き場に積まれたごみを、どこからか見つけてきた長い棒でつついてみた。
「ガサガサガサガサ」
「いたぞ! ネズミだ!」
袋の陰から黒い小さな生き物がもがくように飛び出し、奥の方へ姿を消す。
「なんという急展開…」
やつれた顔の副理事長は呆然と立ちつくす。
ネズミは学習能力が高く、わずかな隙間・瞬間を計ってゴミ置き場に入り込むが、人の往来が多い日中は危険を察してゴミ置場に身を潜め、深夜になるとエサを求めて建物内で活動を始める。
T氏は念のため、出入りのゴミ処理業者にも聞き取りをすることにした。
すると「そういえば、ごみを動かしたら、何か影のようなものが横切った気がした」という話を皮切りに「ごみ箱のふたを開けたら、ネズミが勢いよく飛び出した」「何匹か見かけた。おそらく親子連れだ」など、複数の証言が出て、T氏は呆然。
あわてて鉄網状の捕獲器や粘着シートなど、思いつく限りの道具をそろえ、捕獲・駆除を試みた。だが、数日かけて1匹捕れるかどうかといった程度で、とても効果的とは思えなかった。