2001年に第一子を産んだ女性の「仕事と育児」
私の子育ては育児休業法の進化とともに歩んできました。そのような時代を歩んだ私の体験をヒントとしてお伝えしていきましょう。
「夜の会議も当たり前」の会社で、16時退社の時短制度を使う
第一子を産んだ2001年は、育休は1年まで。保育園に入れなかったときの延長はなく、預け先がなければ退職するしかありませんでした。保育園の優先順位付けもいまほど厳密ではないうえ、定員の関係で年度替わりの4月でなければ入園はほぼ不可能な状況。
「1歳までは自分の手で息子を育てたい」との願いは叶わず、7月生まれの息子は8か月で入園することになります。そこから出産前とは違う、まったく初めての部署や、初めての業務での時短勤務生活がはじまります。
職場には2名のワーキングマザーはいたものの、その方たちは時短勤務制度を利用せず、二重保育をしながら通常どおりの時間で勤務をしていました。
他部署のワーキングマザーも、「うちの子は、おばあちゃんのことを母親だと思っているから!」「病気になったら入院させちゃう!」と笑って話す……。そのような環境のなかに16時退社の時短勤務制度を利用する私が入ったわけですから、上司も同僚も困惑しきっていました。
勤務先は、フレックスタイム制、コアタイムなし、残業といった感覚がなく、夜のミーティングも当たり前。
仕事・職場の仲間が大好きで飲み会もよくある環境だったので、16時退社でコミュニケーションをとることもむずかしい私をマネジメントする上司は、さぞ苦労されたことでしょう。
当時、時短勤務制度が使えるのは、子どもが満3歳になるまで。しかし3歳を超えたからといって、保育園の預かり時間が変わるわけではなく、通常勤務に戻せば二重保育は避けられません。男性が育児を理由に早く退社することは、まず想定されない時代。夫をあてにはできません。
「このままだと二重保育になってしまう、そこまでして私は仕事を続けたいのか?」と自問自答する日々。
長男が3歳に…それでも「時短勤務」を続けられたワケ
そのような矢先、第二子の妊娠がわかります。出産予定日は、息子の3歳の誕生日の4か月後。
産前休暇や有給を使っても2か月ほど時短勤務が使えない期間ができてしまい、悩んだ挙句上司に相談すると、「仕事さえしてくれれば、いままでどおりの時間に帰っていいよ」と、あっさり許可が下りました。
第二子出産後も時短勤務制度を利用。その子が3歳を迎えるころに、また悩みます。そのころは16時30分退社で、ふたりの子を別々の保育園へ迎えにいき、19時に帰宅。21時過ぎに寝かしつけたあと、やり残した仕事をやるといった生活のサイクルができあがっていました。
その部署での仕事は本当に楽しくて、同僚と社内コンテストに応募して賞をもらうなど成果を出せていたので、「時短勤務のまま仕事が続けられたら」と、強い想いがありました。
そこでまたもや勇気を出して上司へ相談。すると上司から、「来期から時短勤務制度を利用できる子どもの年齢が上がるかも」といった話を聞きます。来期になる前に第二子は3歳になってしまい、5か月ほどの空白の時間が空いてしまいます。
上司から次のようなことも言われました。「時短勤務としてのミッショングレードはこれ以上、上がることはない。通常の勤務時間にして、超過勤務をせずに退社する選択もあるのではないか」
ミッショングレード制をとっている会社なので、半期ごとに業務設定やテーマ設定をし、その難易度や達成状況によって給与も変わります。どれほど仕事をがんばっても、時短勤務制度を利用していたらグレードを上げることはできないので、昇給も昇格もむずかしくなるのです。
「いま私にとって大切なことは何か?」けっきょく時短勤務を選択することにしました。「長い人生のなかで子育ての期間など、わずかな時間。子育てに重心を置くときがあってもよいのでは?」と、別の上司から言われた言葉が背中を押してくれたのです。
自分の価値軸でした選択。上司には、私の仕事、子育て、人生の価値軸について、素直に伝えました。空白の5か月も人事上は勤務時間不足になってはいましたが、同僚たちからはいままでどおり「時短勤務の人」と受け止めてもらい、そのままの勤務体制で続けられたのです。
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