10年前の税務調査は「申告是認」に留まった
美術商を調査すると、預け在庫(展示先にある自社商品)や、その反対の預かり在庫などの複雑な商取引があって膨大な日数がかかる。失敗するとその後の調査計画が大きく狂う可能性があって、うかつに調査に入れず、毎年見送ってきた。
美術商の取引形態はギャラリーを持たず、各地のデパートが主催する特別展示会に出品し、顧客が購入した分をデパートが美術商から仕入れていた。デパートの利益は販売代金の15%~20%。美術商の売上はデパートからの振込になり、一見ガラス張りだ。そのため、前回の調査では不正を発見できずに申告是認していた。
“ダメ元”で行った銀行調査だったが…
筆者が美術商に感じていた“3つの違和感”
花形調査のトクチョウ班であっても、調査日数には制限がある。どこまで突っ込むのかを判断するのが統括官の腕だ。前回調査から10年が過ぎ、これと言った着眼点もなく調査に入ったのだが、ダメ元の銀行調査にとんでもない結果が引っ掛かってきた。
美術商の銀行口座を丹念に調べると、リンクする外国人女性の口座が見つかった。口座は入金したお金がどんどん溜まる「タマリ口座」。ここから3,000万円のリゾートマンションを購入していることが見つかり、タマリの総額は9,000万円。タマリとは脱税した果実(裏の現金や預金など)を指すマルサの隠語だ。
また、口座には広島の銀行から3回、合計5,500万円の振り込みがあった。この送金者の解明が、美術商の脱税を暴く「パズルのキー」になった。美術商は1回目の調査が終わっていて、帳簿から怪しい取引は見つかっていない。
しかし、美術商の申告には疑問点があった。ひとつ目は、ギャラリーがないにもかかわらず、広島に4人の従業員を雇っていることだ。この疑問に美術商は、広島にあるデパートの渉外担当と一緒に顧客を回っているためと答えた。
ふたつ目は、年間売上が3億円を超える規模なのだが、税制面で有利なケースが多い法人組織にしていないことだ。これについては、法人の交際費限度額(当時600万円)では莫大にかかる交際費を経費にできないためと答えた。
確かに美術商の交際費は毎年1,000万円を超え、デパートの渉外担当や顧客に多額の交際費を使っているという説明に矛盾点はない。そんな状況でダメ元の銀行調査に入って外国人名義の口座を見つけ出した。