架空外注費を計上→口座に現れる“イナズマ”とは
法人登記がないF建材名義の口座。多額の振込入金があるが、その仕入原価(経費)が分からないため、税務署の担当者も数年間調査に入ることができないでいた。
そんななか、F建材に振りこんでくるM資材の申告書を分析していると、巨大建築物の工事に参入しているU建設が浮かび上がってきた。
住宅密集地に巨大な建築物を建てようとすると、日照権や立ち退きなどの近隣対策が必要になる。本来このお金は必要経費になるのだが、受け取る側が裏金を要求するケースもあって一筋縄ではいかない。マルサの内偵調査班でこの種の脱税を摘発してきた筆者の目には、巨大建築物の建設にかかる「キックバック」の構図が映っていた。
そこで、トクチョウ班のベテラン調査官である高見澤上席を銀行に、室井調査官をM資材に張り込ませたところ、昼過ぎに動きが。髙見澤上席から「カローラで銀行に来たF建材の代表者が、真っ直ぐM資材の方向に向かった」との連絡があったのだ。その30分後、室井調査官から報告が入る。
室井調査官「統括(※筆者)のヨミどおり、代表者がM資材に入りました」
筆者「何か持ってた?」
室井調査官「青い袋です。銀行の紙袋だと思います」
筆者「よし。間違いない」
F建材の口座は、振込入金があるとすぐに全額が引き出される、いわゆる「イナズマ口座」。
これは、架空外注費を計上した口座の典型的な動きで、建設業ならキックバックが疑われる。しかし、架空取引であることを証明するには、実際のお金の動きを突きとめなければならない。
前述は、筆者がトクチョウ部門の統括官時代に手がけた、建設業界の裏ガネを暴いた張り込みシーンだ。
建材商社の看板もない
F建材の代表者の自宅はひっそりと静まりかえり、建材商社の看板すらない。しかも、外観からは工事を請負うための工具や資材はもちろん、運搬する車両も見当たらない。それどころか、数日間の張り込みを行っても、仕事をしている気配すらない。
F建材の代表者は75歳。病気を患っているためか、見た目以上に老け込んでいる。緩慢な動きからは現場で作業員を束ねる親方には見えない。
ところで、読者のみなさまは「かぶり屋」という言葉をご存じだろうか? 「かぶり屋」とは「脱税請負人」のことで、“B勘屋”とも呼ばれる経費の水増しに必要な領収書を販売する業者のことをいう。倒産した会社から領収書を買い取り、税金を減らしたい経営者に販売するのが主な手口だ。
建設業界では元請が下請に外注工事を発注する。そして、下請は孫受へと工事が上流から下流へ流される。ターゲットから見て上流を川上の会社と呼び、下流を川下の会社と呼ぶ。
F建材に振込まれた金額は7年間で約4億円にもなる。F建材の上流にあるM資材を分析すると、M資材の上流にU建設、さらにその上流に中堅ゼネコンの影が浮かび上がる。
巨大建築物から流れ出す近隣対策費の捻出のために、下請け業者を何社も咬ませた構図が浮かび上がった。
脱税が発覚しないように下請けを咬ます取引を「クッション」と呼ぶが、マルサが追うキックバックなら「2クッション」や「3クッション」も珍しくない。