銀行調査で浮かび上がった“隠しギャラリー”の存在
外国人女性の口座に入る5,500万円の送金元を追って広島の銀行に調査に入ると、送金人の素性が判明した。美術商の従業員。しかし、若い女性が5,500万円もの多額の現金を持っているはずがない。広島支店長を追及し、一緒に来店した男がいることを突き止めた。
支店長は男が誰であるかを知らないと言う。しかし、すべての口座の分析から男が広島から外国人女性の口座に送金した後、すぐさま新幹線で新宿に向かったと仮定すると、その時間に美術商が外国人女性と一緒に新宿支店に来ている。
すると、広島の銀行に現れた男は美術商だったのではないか。男が美術商なら女性従業員と一緒に持ち込んだお金は商取引で生じた裏金。と、なれば広島に帳簿外のギャラリーが存在するのだろう。過去の調査資料には、「広島にギャラリー?」とのメモが残っている。
こうなると美術商の脱税手段は、デパートの目をかいくぐった顧客との直(じか)取引。おぼろげに帳簿外取引の全貌が見えてきた。
美術商との直接対決
美術商と会うのは調査開始後2回目。「聴きたいことがある」と税務署に呼び出すと、妻と関与税理士を伴って時間どおりにやって来た。
この間、実は美術商の事務所へ一斉調査に入っていた。しかし美術商にはその事実を知らせていない。
調査官「新宿支店にある外国人女性名義の口座に多額の資金が振込まれています。これについて何か知っていますか?」
美術商「私が彼女から借りたお金を返済した口座だと思います」
調査官「口座の残高をご存じですか?」
美術商「私の預金ではないので、知る訳がありません」
調査官「お気づきかもしれませんが、本日、銀行を調査しています。事務所にも外国人女性のマンションにも調査官が行っています。広島の銀行も調査済みです。すべてを正直に話してください」
主要人物がいなければ空振りに終わる可能性もあるイチかバチかの勝負だったのだが、前々日まで東京のホテルで開催していた特別展示会の整理事務で、すべての従業員が事務所に集まっている絶好のタイミングに踏み込んだ。
会議室に案内して間髪を入れずに質問を切り出し、息詰まる攻防が始まった。
調査官の追及に窮した美術商は「この件は1人で話したい……」と言う。どうやらこの預金は妻も知らないようだ。もちろん申告していないお金なので税理士が知るはずもない。妻は「どうして私の前では話せないの」と美術商に文句を言っていた。
『国税局直轄トクチョウの事件簿(ダイヤモンド社)』より一部を抜粋・再編集