『紫式部日記』とは?
『紫式部日記』は、中宮彰子の出産が迫った1008年秋(7月)から1010年正月にかけての諸事を中心にして、彰子の女房として仕えた紫式部によって書かれています。
全2巻、内容は大きく三部に分けることができます。
日記は1008(寛弘5)年7月に中宮彰子が出産のため、父藤原道長の土御門殿(つちみかどどの)へ里帰りするところから始まります。この時、紫式部は道長にスカウトされて中宮彰子の女房として働いていました。
しかし、ネクラな紫式部にとって初めての宮仕え生活はプレッシャーの連続です。今を時めく道長夫妻から突然歌を贈られて「返歌しなきゃ!」、先輩女房からいじめられて「なぜわたくしが!!」…そもそも女房になんてなりたくなかった!!
後悔と苦悩の日々です。
そんな中、中宮彰子が難産の末、9月に敦成親王(のちの後一条天皇)を出産するところで第一部は終了します。
ところが2巻の第二部に入ると様子が変わってきます。『紫式部日記』の中で最も有名な「和泉式部・赤染衛門・清少納言の人物批評」では、同僚女房とライバル女房への鋭く小気味よい、いや毒舌にも近い批評を展開しています。
もちろん「我が身と心の自省」をしつつ「ああ、出家したいわ」などと嘆く姿は相変わらずのネクラなのですが、紫式部が一人前の女房として成長していく様子が手に取るように分かります。
2巻の第三部は、恋人(愛人)と噂された道長との和歌贈答の様子などが描かれており、最後に一条天皇と中宮彰子との二人目の息子である敦良親王(のちの後朱雀天皇)の戴餅の儀を描いて日記は終了します。
全体を通してみると、敦成親王誕生に関する記述がこの日記のメインになっていますが、なんといっても紫式部自身の精神的な成長(と苦悩)ぶりが読む者を引き付けます。
さらに平安時代の女房や貴族たちの生活ぶりが、その内側から描かれている点で、この『紫式部日記』が非常に貴重な史料になっている点も見落とせません。
「紫式部」は、実はステキな“あだ名”
作者である紫式部の本名は不明ですが、藤原道長の書いた日記『御堂関白記(みどうかんぱくき)』に出てくる女房の一人、「藤原香子(かおる〈り〉こ・たかこ・こうし・よしこ)」ではないかという説があります(この時代の名前の読み方は不明なものが多いのです。特に女性は名前さえ不明の場合が多いのです)。
もし藤原香子だとすると、記録によれば紫式部の結婚は藤原宣孝との1回限りではなく、それ以前に別の男性との婚姻関係があった可能性もありますが、あくまで推測の域を出ません。
紫式部の正式な伺候名(しこうな)は、勅撰集の作者名などによると「藤式部(ふじしきぶ)」ですが、紫式部の書いた『源氏物語』が評判になるにつれてその作者としてのイメージが強くなり、父藤原為時の官職名「式部の丞(しきぶのじょう)」から「式部」を、『源氏物語』のヒロイン「紫の上」から「紫」を取って「紫式部」というあだ名ができ、それが通称になったのではないかと考えられています。
「紫」はとっても高貴な色、それが名前についちゃうなんてステキですね。
『源氏物語』という大傑作を残し、中宮彰子にも仕えた有名な女房だった紫式部。それなのに、本名も生没年も不詳とは、なんとも謎多き女性ですね。
板野 博行
岡山朝日高校、京都大学文学部国語学国文学科卒。ハードなサラリーマン生活から、予備校講師に転身。カリスマ講師として、全国の生徒に向けての講義や参考書を執筆。『紫式部日記』の中で好きな女房は「和泉式部」、好きな男性貴族は「藤原実資」。
著書に、『眠れないほどおもしろい源氏物語』『眠れないほどおもしろい百人一首』『眠れないほどおもしろい万葉集』『眠れないほどおもしろいやばい文豪』『眠れないほどおもしろい徒然草』『眠れないほどおもしろい平家物語』『眠れないほどおもしろい吾妻鏡』『眠れないほどおもしろい日本書紀』『眠れないほどおもしろい徳川実紀』『眠れないほどおもしろい信長公記』(以上、三笠書房《王様文庫》)の他、多数。
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