<前回記事>
【NHK大河ドラマで話題】紫式部、「女房になったきっかけ」がスゴすぎる。才女の伝説は“ここ”から始まった
『紫式部日記』は、中宮彰子の「里帰り出産」から始まる
紫式部が中宮彰子に出仕して2~3年が経った1008年の秋。藤原道長の土御門殿(つちみかどどの)の描写から『紫式部日記』は始まります。
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秋のけはひ入り立つままに、土御門殿の有様、いはむかたなくをかし。
(⇒訳:秋の気配が立ち昇るにつれて、土御門殿の様子は、言いようもなく趣がある。)
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この土御門殿というのは、約6000坪にも及ぶ道長の広大な寝殿造(しんでんづくり)の邸宅のことで、そこに娘の中宮彰子が出産のため里帰りをしていました。
24時間響き渡る「不断の御読経」は、道長による安産祈願
この懐妊こそ、道長にとって待ちに待った出来事でした。中宮定子がいたにもかかわらず、強引に12歳の彰子を一条天皇に入内させてからはや9年。
定子は一条天皇との間に一男二女をもうけましたが、4年で3人の子を産むのはさすがにきつかったのでしょう、1000年に24歳の若さで亡くなってしまいました。
ライバルが去ったあと、やっと、やっと一条天皇の子を彰子が懐妊したのです。
道長の喜びようは半端ではありません。彰子の安産祈願のために12人の僧に命じてシフトを組み、1人2時間ずつの24時間態勢で「不断の御読経(みどきょう)」をさせます。
身重の彰子にとってお経の声は、もはやBGMでした。
「男児が生まれたら、権力をほしいままにできる」…必死の道長
彰子が無事に出産することを祈る道長にとっては、24時間態勢の「不断の御読経」だけでは足りません。静寂を破り、明け方4時を知らせる鉦(かね)が鳴ると「五壇の御修法(ごだんのみずほう)」が始まります。これは、五大明王(ごだいみょうおう)*を中央と四方の壇に配置して行う祈祷で、彰子のいる隣の棟で行われました。
(*五大明王…不動〔ふどう〕明王・降三世〔ござんぜ〕明王・軍荼利〔ぐんだり〕明王・大威徳〔だいいとく〕明王・金剛夜叉〔こんごうやしゃ〕明王(または烏枢沙摩〔うすさま〕明王)。それぞれ武器を持ち、怒りの形相をしている明王。)
こちらの声はBGMというわけにはいきません。彰子の安産を妨げる物の怪を退散させるため、何十人もの僧が競い合うようにして密教の「陀羅尼(だらに)」という呪文のような文句を力強く唱えるものですから、もはや騒音です(失礼)。
そして仕上げとして、20人ほどの僧がドドドドと渡り廊下を踏み鳴らして彰子の部屋にやって来て、これまた声を張り上げて経文(きょうもん)や陀羅尼を唱えます。
「悪霊退散、安産祈願。なんとかおのこを授けたまえ~!!」
…これは陀羅尼ではなく、道長の心の声です。そう、道長としては、安産はもちろんのこと「男の子」を産んでほしかったのです。そうすれば、いずれ天皇の外戚(がいせき)として権力をほしいままにできる、という読みなのです。
9月9日夜半に出産の兆候である陣痛が起きてから、すでに20時間を超えました。難産です。
当時、難産は物の怪による祟りだと考えられていました。気が気ではない道長に、女房達も茫然自失・気絶寸前の事態に陥ります。
果たして彰子は無事出産することができるのでしょうか? 次回に続きます。
板野 博行
岡山朝日高校、京都大学文学部国語学国文学科卒。ハードなサラリーマン生活から、予備校講師に転身。カリスマ講師として、全国の生徒に向けての講義や参考書を執筆。『紫式部日記』の中で好きな女房は「和泉式部」、好きな男性貴族は「藤原実資」。
著書に、『眠れないほどおもしろい源氏物語』『眠れないほどおもしろい百人一首』『眠れないほどおもしろい万葉集』『眠れないほどおもしろいやばい文豪』『眠れないほどおもしろい徒然草』『眠れないほどおもしろい平家物語』『眠れないほどおもしろい吾妻鏡』『眠れないほどおもしろい日本書紀』『眠れないほどおもしろい徳川実紀』『眠れないほどおもしろい信長公記』(以上、三笠書房《王様文庫》)の他、多数。
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