<前回記事>
【NHK大河「光る君へ」で話題】ドドドド…約20人の僧が、渡り廊下を踏み鳴らして〈藤原道長の娘〉の部屋へ。『紫式部日記』第1話をわかりやすく解説
陣痛が起きてから20時間が経過…難産だった彰子
彰子は、寝殿の母屋に用意された白木の御帳台(みちょうだい)*で出産する予定でしたが、なかなか産まれず、9月9日夜半に出産の兆候である陣痛が起きてから、10日を過ぎ、さらに11日に入るとその場所の星回りが悪くなったということで、急遽、建物の北側に移動します。
そこはちゃんとした部屋ではなく、目隠しに几帳を幾重にも立て巡らせた、急ごしらえの産所でした。
当時、難産は物の怪による祟りだと考えられていました。もしや道長が追い落とした数々の政敵たちの怨念のせいかも…。道長は気が気ではありません。
(*御帳台… 2畳分の台に天井を設け、四方に帳〔とばり〕を垂らした箱形の座敷。ここでは、邪気を払うため清浄な白いもの〔白木〕の御帳台を特別に用意した。)
気が気ではない女房たち。紫式部は茫然自失&気絶寸前
修験者(しゅげんじゃ)という修験者を呼び寄せて護摩(ごま)を焚いて大声で祈祷させ、それでも足りず、陰陽師たちも集めに集め、彰子に取り憑いている物の怪どもを調伏(ちょうぶく)すべく祭文(さいもん)を読み上げさせています。
さらに、仏の加護を受けるため、彰子も形だけですが出家の作法をしました。頭頂部の髪を少し削ぎ、戒律の誓いを読み上げたりしたのです。
その様子を見た紫式部はもう茫然自失、気絶寸前で頭が真っ白になってしまいます。
気がつくと、40人もの女房たちが狭い場所にひしめき合って身じろぎもできず、あまりの密集度にのぼせ上がっていました。
「不吉ですから、泣くものじゃありませんよ」と言いながらも、皆溢れる涙を押しとどめることができず、ただ泣いてばかりでした。
その時です。
「おのれぇ~!!」
という恐ろしい声が聞こえました。物の怪が調伏されまいと苦しみ、わめきたてているのです。ウソでしょ!? こ、怖い!! それに対抗して僧たちが一晩中声を嗄らして全力で祈祷します。
もうあっちもこっちもカオスです。果たして彰子サマは無事にご出産することができるのでしょうか!? がんばって彰子サマ!!
陣痛から36時間後、ご出産!道長待望の「男児」誕生
陣痛が始まってから36時間が経過し、やっとのことで男の子(敦成親王)が誕生しました!! 時刻は9月11日のお昼頃。
空が晴れて朝日がパーッと射したような気がしました。
紫式部たちの心が晴れたのです。ヤッターーー!!
女房たちは彰子の身を心配するあまり泣き崩れ、化粧もはげてしまっています。普通なら男性貴族の方々にこんなひどい顔を見せることなど絶対にないのですが、この時ばかりは、あの美しい宰相の君(さいしょうのきみ)*ですら別人のような顔でした。
(*宰相の君…紫式部の同僚の女房で、超美人。『紫式部日記』では「物語の中の姫君のように美しい」と賞賛されている。)
「きっと私もひどい顔ね」──紫式部はそう思いましたが、まあお互い様です。
でも、まだ油断は禁物!!
胎盤など母胎に残っているものが外に出る「後産(あとざん)」を無事に乗り切らないといけません。実は中宮定子*は後産がうまくいかず亡くなっています。お可哀そうに…。
(*中宮定子…一条天皇の皇后。『枕草子』の著者・清少納言が仕えた人物。)
結局、彰子は無事に後産も終えました。めでたしめでたし!!
でも、難産を乗り越えた彰子はヘトヘトです。しばらくは、ゆっくり体を休めたいところですが、このあとお祝いの儀式が続きます。同情いたします…。
板野 博行
岡山朝日高校、京都大学文学部国語学国文学科卒。ハードなサラリーマン生活から、予備校講師に転身。カリスマ講師として、全国の生徒に向けての講義や参考書を執筆。『紫式部日記』の中で好きな女房は「和泉式部」、好きな男性貴族は「藤原実資」。
著書に、『眠れないほどおもしろい源氏物語』『眠れないほどおもしろい百人一首』『眠れないほどおもしろい万葉集』『眠れないほどおもしろいやばい文豪』『眠れないほどおもしろい徒然草』『眠れないほどおもしろい平家物語』『眠れないほどおもしろい吾妻鏡』『眠れないほどおもしろい日本書紀』『眠れないほどおもしろい徳川実紀』『眠れないほどおもしろい信長公記』(以上、三笠書房《王様文庫》)の他、多数。
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