【前回記事】『光る君へ』ヒロインの名前は“まひろ”だけど、記録上の正式名称は…?謎多き才女「紫式部」の素顔
紫式部、「気を紛らわすため」に創作を始めたら…スゴいことに
天才紫式部は、20代(後半?)に山城守(やましろのかみ)*を務めていた藤原宣孝の猛アタックを受けて結婚しました。
(*山城守…「山城」は現在の京都府南部の地。「守」は、地方行政単位である「国」を支配する行政官として中央から派遣された国司のうちのトップ。今の県知事クラス。)
当時としては晩婚だった紫式部は、999年頃に賢子(大弐三位)を産みましたが、2人の結婚生活はわずか2年と数ヵ月で幕を閉じてしまいます。1001年、宣孝は流行り病にかかり、およそ50歳で逝去したのです。
宣孝が亡くなった際に紫式部が詠んだ歌です。
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【見し人の けぶりとなりし 夕べより 名ぞむつましき 塩竈(しおがま)の浦】
(⇒訳:夫が死に、荼毘に付されて煙になってしまった夕暮れ以降、「睦まじ」という音に通う「陸奥(むつ)」の国の「塩竈の浦」(現・宮城県塩竈市)でたなびく塩焼の煙までも身近に感じられます。)
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突然、夫に先立たれた紫式部は、淋しさと同時に不安に襲われます。「娘もまだ幼いのに、どう生きていけばいいのかしら」…そんな気持ちを紛らわすために、物語を書くことに没頭しました。
それが、のちに『源氏物語』と呼ばれることになる大、大、大傑作物語なのです。
才能爆発!その噂は「当時の最高権力者」の耳にも届き…
最初は54帖にもなる壮大な物語を書くつもりはなかったでしょう。でも、書いては知人に読んでもらっているうちに周りで評判となり、読者は増えていきました。
そしてその噂は、ついに時の権力者である藤原道長の耳にも入りました。道長と紫式部、運命の出会いです。
紫式部はその才能を買われて、道長の娘で一条天皇の中宮彰子に家庭教師役の女房として後宮に仕えることになりました。その出仕は、1005年の暮れから1007年にかけてスタートしたとみられています。
藤原道長、紫式部の文才を確かめるべくご来訪→スカウトへ
道長に文才を認められた紫式部は、中宮彰子の出産という一大事を記録にとどめる係を任されたのではないかと考えられています。
事実、彰子の出産の年の記録は詳細で、日記の半分以上を占めています。新米女房の紫式部が彰子出産の際にそばに控えることを許されたのは、そうした役目があったからでしょう。
実は紫式部は引っ込み思案で、人と会うのも話すのも苦手でした。ましてや、きらびやかな女房たちが集う中宮彰子サロンの女房の一員になど、なりたくはなかったのです。
しかし、時の最高権力者である道長サマ直々のご指名。しかも娘一人を抱えて母子家庭になってしまった紫式部に、『源氏物語』を書く時間と金銭的余裕を与えるパトロンになってくれるというのですから、こんなオイシイ話、乗らない手はありません。
一方の道長も、皆が噂する『源氏物語』を書いた才女、紫式部に関心があります。
「紫式部とやらがどれほどの才女か、この目で確かめてみるか」
道長は、さっそく紫式部を試しに現れます。
ある朝、道長は自慢の広~い庭を歩いて隅々までチェックしたあと、花が真っ盛りの時季を迎えた女郎花(おみなえし)を一本手折って、それを紫式部の部屋の几帳(きちょう)*越しに上から差しかざしながら、「この花の歌、果たして素早く詠めるかな?」と問いかけます。
(*几帳…移動式のカーテンのようなもの。大きな部屋の仕切りや目隠しとして使われた。)
「女郎花」は秋の七草の一つで、茎先に黄色の小さな花がたくさん咲きます。和歌では女性をたとえて詠まれることが多く、恋の戯れの相手を意味することもありました。
それを見せて、「さあ、どう詠む紫式部?」と迫った道長です。
紫式部が詠んだ歌は、「ツヤツヤの女郎花に比べて、私なんてもう盛りが過ぎていて美しくありません」と謙遜したもの。まあ、無難な歌です。
「さすが噂の才女なだけあるな、今後が楽しみだわい」と、道長は紫式部の対応の早さと歌の内容に感心しました。
まずは合格点をもらえて、紫式部もホッとしたことでしょう。
板野 博行
岡山朝日高校、京都大学文学部国語学国文学科卒。ハードなサラリーマン生活から、予備校講師に転身。カリスマ講師として、全国の生徒に向けての講義や参考書を執筆。『紫式部日記』の中で好きな女房は「和泉式部」、好きな男性貴族は「藤原実資」。
著書に、『眠れないほどおもしろい源氏物語』『眠れないほどおもしろい百人一首』『眠れないほどおもしろい万葉集』『眠れないほどおもしろいやばい文豪』『眠れないほどおもしろい徒然草』『眠れないほどおもしろい平家物語』『眠れないほどおもしろい吾妻鏡』『眠れないほどおもしろい日本書紀』『眠れないほどおもしろい徳川実紀』『眠れないほどおもしろい信長公記』(以上、三笠書房《王様文庫》)の他、多数。
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