社会全体の視点に立ったとき「お金」の価値が消えるワケ
投資銀行で働くという彼女は言葉少なだった。異質な空気に圧倒されている優斗とは違い、ボスに挑むような顔つきで話を聞いていた。その彼女が、飲んでいたティーカップを置いた。
「お言葉ですが、それはインフレにならないためですよね」
「ほほう。そう来たか」
ボスは上機嫌で返したが、優斗には意味がわからない。
「インフレって、値上げのことでしょ。それって、関係あるんですか?」
その疑問に答えてくれたのは、七海だった。愛想というものがないのか、彼女は厳しい顔を崩さない。しかし、話自体はわかりやすかった。
「みんながお金を持ちすぎると、もっと物を買うようになるから、値段が上がるわよね。たとえば、このクッキーが1枚100円から、200円に値上がりしたとするじゃない?」
そう言うと、彼女は皿の上のクッキーを手に取った。紅茶といっしょに出されたそのクッキーは、香ばしいバターの匂いがしている。
「同じ千円札で、買えるクッキーの枚数は10枚から5枚に減るわけよね。つまり、お金の値打ちが下がっちゃうのよ。お金が増えすぎると値打ちが下がるから、新しく印刷した分だけ、捨てないといけないの」
優斗の脳裏に、昔読んだ教科書の1コマが浮かんだ。トラクターがレタスをつぶしている写真。豊作すぎるとレタスの値打ちが下がるから、レタスを廃棄(はいき)しているという説明が書かれていた。それと同じで、値打ちが下がらないように、お金を捨てているということだろうか。
納得しそうになったが、ボスの次の話を聞いて、逆に謎が深まった。
「インフレにならないために、紙幣を捨てていると思う人は多い。せやけど、さっき七海さんの言うとったように、将来に備えてみんながお金を貯めたら、お金が増えてインフレで困ることになる。それは矛盾してへんかな」
ボスの皮肉っぽい笑いが七海に向けられる。
むすっとした彼女は、グレーのジャケットを脱いでイスの背もたれにかけた。そして、白いシャツの袖をまくり上げる。
「なかなか興味深い指摘ですね。じっくり議論したいです」
ボスは、満足そうに一度うなずいてから、ふたたび話し始めた。
「1人ひとりの視点では、僕らはお金に価値を感じている。せやけど、全体のお金が増えすぎるのは良くなさそうや。僕が言うてるのはそこや。社会全体の視点に立てば、お金の見え方が変わる」
もったいぶった表現に優斗はじれったくなる。
「どう変わるっていうんですか?」
「お金の価値が消えるんや。この札束がただの紙切れに見えてくる」
札束の山にポンと手を置いたボスは、ふたたびニヤッと笑った。
窓をたたく雨音が不規則なリズムを刻んでいた。
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