「近いうちに覚悟が必要になるかもしれません」意識の戻らぬ母の余命をほのめかされた父は、男泣きに泣いたあと、急死。想定外の事態に子どもたちは慌てますが、不運が重なり相続は遅々として進みません。相続実務士である曽根惠子氏(株式会社夢相続代表取締役)が、実際に寄せられた相談内容をもとに、生前対策について解説します。

地主出身の父…不動産収入+高額な給与で家庭生活はかなりの余裕

今回の相談者は、40代会社員の山田さんです。70代の父親が急死したことで、相続手続きが必要になったものの、複雑な状況に対処できかねているとのことで、筆者の事務所に駆け込んできました。

 

山田さんは2人きょうだいの長女で、3歳下に妹がいます。いずれも大学を卒業後は企業に勤務し、それぞれ20代半ばで結婚。両親とは別居し、自分の夫と子どもたちと暮らしています。

 

山田さんの父親の実家は地主の家系で、横浜市内に複数の土地を所有しており、それらを活用して不動産収入を得ていました。その一方で、大手企業の管理職としても働いており、実家は裕福だったといいます。

意識不明のまま弱っていく母。父は余命を聞かされ動揺し…

「両親はとても仲がよく、父が引退してからは2人でゆっくり老後を楽しんでもらいたいと思っていました」

 

ところが、山田さんの母親は60歳前半で脳梗塞を発症してしまいます。その後、何度が発作を繰り返したあとに寝たきりとなり、いまは意識不明の状態です。

 

「父親は献身的に母親のケアを行ってきましたが、2度目の発作のあとに介護がむずかしくなったため、老人ホームに入所させました。コロナもあって大変でしたが、収束の兆しが見えてからは、通える限り母のところへ足を運んでいました」

 

母親を心配する山田さんの家族でしたが、残念なことに、状態は次第に悪化し、とうとう医師から、「近いうちに覚悟が必要になるかもしれません」といわれてしまいました。

 

「母のお見舞いのあと、いつものようにレストランに寄って父と妹と3人で早めの夕食をとっていたのですが、父は医師から告げられたことがショックだったらしく、周囲の目もはばからずに大泣きしてしまいました」

 

山田さんと妹は一生懸命父親をなだめ、なんとか食事を終えました。

 

「妹が〈私がパパを送る〉といって、父を妹の車に乗せたので、私はそのまま自分の車で帰宅したのですが…」

 

山田さんが自宅に戻ると、携帯電話に何度も着信があり、留守番電話が入っていました。

 

「妹が父を実家に送り届けると、父は〈もらいもののワインがあるから持って帰りなさい〉といって台所に取りに行ったそうなんです。そうしたら大きい物音がして、妹が慌てて家に上がると、父が倒れていたそうです」

 

山田さんの父親はすぐに救急搬送されましたが、搬送先の病院で亡くなりました。

突然の相続発生に、頼みの税理士は「相続にはくわしくない」

父親の死は、山田さん姉妹にとってまったく想定外のことでした。

 

「あんなに気丈な父だったのに、本当にショックで…」

 

しかし、資産家の父親が亡くなれば、諸々の相続手続きが必要になります。10カ月という期限内に手続きを終えなければなりません。

 

「父が確定申告を依頼していた税理士先生のところに相談したのですが、〈相続手続きにはくわしくない〉といって断られてしまって。代わりに別の先生を紹介してもらうことになったのですが、さんざん待たされた挙句〈先方の都合がつかなくなった〉と…」

 

父親の予期せぬ死に動揺するなか、紹介の待ち時間やその後のサポート先探しなどで時間を取られ、申告期限までわずか1ヵ月となってしまいました。

意識不明の相続人がいる場合、遺産分割協議はどうなる?

筆者は提携先の税理士に申告期限まで1ヵ月という厳しい状況を相談したところ、税理士からは、まずは未分割(法定割合)による相続税の申告、同時に延納手続きが提案され、山田さんもそれを了承しました。

 

延納とは、一度に相続税が支払えない場合に分割で支払うことのできる制度です。この方法は、いくつかの条件を満たす必要があり、また、延納利子税もかかります。しかし、山田さんの場合は一度相続税申告をすませてから遺産分割協議をおこない、改めて更正の申告をするほうがよいと判断しました。

 

また、老人ホームに入所している母親は判断能力がないことから、遺産分割協議は家庭裁判所に成年後見制度の申立をしたうえで後見人を選任するなど、時間的余裕を作る必要がありました。

 

成年後見制度とは、本人の判断能力がない場合などにおいて、本人に代わり判断する人を決めてもらう制度です。財産に関することなど重要な判断をする必要があることから、山田さん本人が後見人として申立しました。

 

ただし、相続人のなかに後見人と被後見人がいる場合、遺産分割協議が利益相反為となってしまうため、後見人は被後見人のために特別代理人の選任を家庭裁判所に請求しなければなりません。特別代理人は、被後見人に代わって相続人の遺産分割協議に参加し、遺産分割協議書に署名・捺印することになります。

相続税の申告期限は本当に短い

「私たちも、母のことばかり気にかけていて…。まさか父親があのようなかたちで先に亡くなるとは、まったく予想していませんでした。これから妹と話し合い、遺産分割協議を進めます。延納手続といった仕組みがあり、本当に助かりました…」

 

挨拶に見えた山田さん姉妹には、疲れた表情のなかにも安堵の色が見て取れました。

 

相続税の申告期限は、相続発生から10ヵ月です。十分な時間がありそうですが、実際には非常に慌ただしく、ゆっくりしている時間はありません。理想としては、事前に親族間で相続について話し合っておき、ある程度の段取りをシミュレーションしておくことです。そうすれば、申請や手続きを速やかに進めることができます。

 

また、税理士にも得手不得手があります。会社の会計等が得意分野で、相続には明るくないという方もいます。納得いく結果を得るためには、相続の知識を持つ税理士等を探して頼むことが大切です。

 

※登場人物は仮名です。プライバシーに配慮し、実際の相談内容と変えている部分があります。

 

 

曽根 惠子
株式会社夢相続代表取締役
公認不動産コンサルティングマスター
相続対策専門士

 

◆相続対策専門士とは?◆

公益財団法人 不動産流通推進センター(旧 不動産流通近代化センター、retpc.jp) 認定資格。国土交通大臣の登録を受け、不動産コンサルティングを円滑に行うために必要な知識及び技能に関する試験に合格し、宅建取引士・不動産鑑定士・一級建築士の資格を有する者が「公認 不動産コンサルティングマスター」と認定され、そのなかから相続に関する専門コースを修了したものが「相続対策専門士」として認定されます。相続対策専門士は、顧客のニーズを把握し、ワンストップで解決に導くための提案を行います。なお、資格は1年ごとの更新制で、業務を通じて更新要件を満たす必要があります。

 

「相続対策専門士」は問題解決の窓口となり、弁護士、税理士の業務につなげていく役割であり、業法に抵触する職務を担当することはありません。

 

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本記事は、株式会社夢相続が運営するサイトに掲載された相談事例を転載・再編集したものです。

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