非常に小さい確率は、実際よりも大きく感じる
目の錯覚はほとんどの人が自覚・経験していると思いますが、実は脳も錯覚します。拙稿『「気に入らなければ、全額返金いたします!」という通信販売のビジネスモデルが成立する理由とは?』では、「一度手に入れたものは手放したくない」という錯覚について記しました。今回は、上記の記事のなかでも触れた「非常に小さな確率は実際よりも大きく感じる」という錯覚について、くわしく見ていきたいと思います。
実際の確率と、人々が感じる確率の関係は、下の図表のようになっているといわれています。
飛行機が落ちる確率は非常に小さいですが、飛行機に乗るのが怖いと感じている人は一定数います。宝くじを買っても高額賞金が当たる確率は非常に低いのですが、なんとなく当たるような気がして、つい買ってしまう人も多いのです。
これらはいずれも「錯覚」なのですが、別に錯覚する自分を恥じることはありません。人類の進化の過程で、錯覚した方が生き延びやすかったのでしょう。つまり、錯覚する人はしない人よりも進化しているわけで、誇りに思っていいでしょう(笑)。
「危険な仕事、いくらなら引き受けますか?」
読者にいくつか質問したいと思います。
質問①
危険な仕事があります。確率0.0001%(100万分の1)で失明する仕事なのですが、いくら支払えば引き受けていただけますか?
質問②
あなたは確率50%で失明する病を患っています。ところで、危険な仕事があります。確率0.0001%(100万分の1)で失明する仕事なのですが、何円支払えば引き受けていただけますか?
質問①では結構大きな金額を思い浮かべた人も、質問②では「50%と50.0001%では誤差の範囲だから、それほど大きな金額でなくてもよい」と考えたかもしれませんね。
質問③
あなたは、何もしなければ確率0.0001%で失明する病を患っています。それを治療する薬があるのですが、何円なら払いますか?
質問④
あなたは、何もしなければ確実に失明する病を患っています。確率0.0001%で病気が治癒する薬があるのですが、何円なら払いますか?
では、③④ならいかがでしょうか。
4問とも、「確率0.0001%で失明することの対価は何円ですか?」と聞いているのですが、さまざまな値を思い浮かべた人がいるとすれば、それは脳の錯覚の結果でしょうね。
宝くじの期待値は「マイナス」
宝くじを買った人が支払った金額と受け取る金額では、支払った金額の方が多いので、買った人は全体としては損をしています。これは「宝くじを買うことは統計的に考えれば損な取引だ」ということを意味しています。「宝くじの期待値がマイナスだ」ともいいます。
期待値というのは、当たる確率と当たったときの賞金を掛けあわせて、購入代金より多いか否かを比較する計算のことです。
もっとも、そのことは宝くじの当選確率等を調べなくても容易に知ることができます。宝くじの印刷代金、販売費用等が購入代金から差し引かれて当選賞金として支払われるからです。
余談ですが、筆者の好きな言葉に「相手の立場で考えよう」があります。イジメっ子に向かって「イジメられた子の立場で考えろ」ということもありますが、囲碁や将棋で「自分が打ちたい手よりも相手が嫌がる手を打て」という意味でもあります。そして本件の場合は、「自分が宝くじを発行する立場だったら、集めた資金をそっくり当選賞金として買い手に支払うだろうか」と考えてみる、ということです。
そうなると、宝くじを買うのは損な取引であるにもかかわらず、脳の錯覚から当たりそうな気がして買っている人は愚かである、とも思われますが、筆者はそうは思っていません。
日本チームを応援する楽しさ、宝くじで夢を見る楽しさ
五輪やW杯などで、日本チームを応援する人は多いでしょう。テレビを見ながら応援しても日本チームの勝利には貢献しないのに、応援しながら見ていると楽しいから応援しているのです。人生を楽しむことは重要ですから「その時間にアルバイトをした方が経済的には得だ」などとは思いません。
同様に、宝くじも「当たれ」と応援しながら抽選の日を待つというのは楽しいものです。しかも、脳の錯覚のおかげで当たりそうな気がするわけで、「当たったら何を買おうかな」と考えながら待てるわけですから、数百円の購入代金など安いものです。
脳の錯覚がなければ、「当たれと念じても当たらないだろう。〈当たったらなにを買おう?〉なんて考えるだけ無駄だ」と思えてしまい、楽しくないでしょうから、脳の錯覚に感謝です(笑)。
じつは保険にも似た性質があって…
保険も、客にとっては確率的に損な取引(期待値がマイナス)ですが、必要な保険には加入すべきです。たとえば自動車を運転するときには、万が一大事故を起こした場合に備えての保険が絶対に必要です。
実利だけではありません。脳の錯覚から「自分は大事故を起こすかもしれない。起こしたらどうしよう」という不安を必要以上に感じている人が多いわけですから、保険加入によって不安が和らぐなら、保険料は安いものかもしれません。
もっとも、保険の場合には不要な場合も多いですから、慎重な判断が必要です。たとえば退職金を受け取った元サラリーマンは、生命保険は必要ありません。彼(女)が他界しても、配偶者は退職金を相続するでしょうから、(悲しむかもしれませんが)生活に困ることはないからです。
今回は、以上です。なお、本稿はわかりやすさを重視しているため、細部が厳密ではない場合があります。ご了承いただければ幸いです。
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塚崎 公義
経済評論家
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