(※写真はイメージです/PIXTA)

人間の脳は、目と同様にしばしば錯覚を起こします。そしてビジネスでは、昔からその「錯覚」を利用した販売方法が編み出され、われわれの多くは、気づかないうちにそれに乗せられているのです。ごく身近な例から見ていきましょう。経済評論家の塚崎公義氏が解説します。

人間は「直前に見た数字」に影響される

人間の眼が錯覚するのは有名ですが、脳も錯覚します。記事『「気に入らなければ、全額返金いたします!」という通信販売のビジネスモデルが成立する理由とは?』では「一度手に入れたものは手放したくない」という錯覚について、記事『「宝くじが当たったら、なに買おう?」「W杯、みんなで日本チームを応援するぞ!」…人生の幸せなひとコマに作用する〈脳の錯覚〉とは?』では、「非常に小さな確率は実際よりも大きく感じる」という錯覚について記しましたが、今回は「人間は直前に見た数字に影響される」という錯覚について記します。

 

ある教室で学生に質問をします。

 

「アフリカにある国は10カ国より多いと思いますか?」

「では、アフリカにある国の数は何カ国だと思いますか?」

 

別の教室でも、やはり学生に質問します。

 

「アフリカにある国は100カ国より多いと思いますか?」

「では、アフリカにある国の数は何カ国だと思いますか?」

 

後者の教室のほうが、第2問に対する回答が大きな数字となるそうです。両方の教室で同じ質問「アフリカの国の数は?」をしているだけなのに、直前に頭に浮かんだ数字に影響されるのでしょう。

 

第1問を「ゼミの学生は何人ですか?」と「大教室の定員は何人だと思いますか?」に変更しても、「では、アフリカにある国の数は何カ国だと思いますか?」と聞くと、大教室の人数を聞いた方がアフリカの国の数を多く答える、ということのようです。

 

学籍番号の下2桁を記入させた上で、アフリカの国の数を聞くと、学籍番号の数字が大きい学生ほど多い数字を答える傾向がある、という実験もあるそうです。さすがに、にわかに信じたくはありませんが(笑)。

宝石店の店頭に高価な宝石が飾ってあるワケ

宝石店へ行くと、入り口に大きくて高価な宝石が展示してある場合も多いですね。強盗に盗まれるリスクを覚悟してでも展示してあるのには、理由があるはずです。来店したアラブの王様が買ってくれることを期待している…ということもあるでしょうが、それだけではなさそうです。

 

来店した庶民は、大きな宝石を見て宝石への憧れの感情を膨らませる一方で、「素晴らしいけど、500万円では高くて買えない」と思って店に入ります。するとそこには、10万円の宝石が並んでいます。「これなら手が届く!」と思って飛びつく人も多いでしょう。

 

もしも入り口の宝石が無かったら、庶民の頭の中には今朝立ち寄った100均の値札が並んでいて、それと比較した10万円の宝石が、とても高価に感じられたかもしれないのに。

マンションを契約した日に家具を買ってはならないワケ

5,000万円の広いマンションと3,000万円の狭いマンションのどちらを買おうか、迷った末に契約をしたとします。家具も買いたくなるのが普通でしょうが、家具を買うのは別の日にしましょう。

 

その日に家具売り場に行くと、10万円の素敵な家具と5万円の普通の家具が並んでいて、「5万円しか違わないなら誤差の範囲だから素敵な方を買おう」と考えがちです。

 

その日は家具を買わずに帰宅して、翌日以降に100均経由で家具売り場に行けば、「5万円も違うなら、普通の家具で我慢しよう」と考えるかもしれませんから。

値上げしてからバーゲンをすると「よく売れる!」

筆者が留学中、毎日バーゲンをやっている店がありました。事情通に聞いてみると、「2倍に値上げしてから毎日半額セールをやっているのだ」とのこと。たしかに、100ドルの値札が貼ってあるよりも、200ドルの値札を見た後で「半額セールで100ドル」と言われた方が、買いたくなるのが人情ですね。

 

途上国へ行くと、さらに極端なケースがあります。値札を半額に値切って買えれば多くの日本人は満足しますが、事情通は数分の一に値切れることもあるそうです。

 

筆者も一度、大幅な値切りに成功したことがあります。「数分の一に値下げしてくれ」「できない」「それなら帰る」「わかった。数分の一でいい」というやりとりでした(笑)。

筆者の失敗談「10個買ってください!」「…2個なら(汗)」

成功談だけではなく、筆者の失敗談もご紹介しておきましょう。親戚の若者が拙宅を訪ねてきたときのことです。

 

「おじさん、ご無沙汰しています。私はおかげさまで、第一志望の企業に入社し、現在新人研修の最中です。研修の一環として、わが社の製品を知り合いに買っていただく、という項目があるのですが、お願いできないでしょうか?」

 

というのです。

 

わが家にはまったく必要のない製品でしたが、入社祝いのつもりで1つ買ってもいいかな、というのが私の気持ちでした。2つ買って下さいと言われたら、1つ買っていたと思います。

 

しかし、若者は私に「10個買って下さい」と言ったのです。私は思わず「そんなに多くは買えないが、2個だけ買ってあげよう」と答えてしまいました。脳の錯覚はおそろしいですね。

 

でも、ポジティブ思考をすることにしました。脳が錯覚するのは、人類の進化の過程でその方が生き残り易かったからです。すべての選択肢を検討するよりも、とりあえず直近に聞いた数字の近辺で答えを探す方が短時間でそれなりの結論にたどり着く可能性が高かったのでしょう。そうであれば、私の脳が錯覚したのは、錯覚しない人間と比べて私が進化した人間だ、ということの証になるわけですね(笑)。

 

今回は、以上です。なお、本稿はわかりやすさを重視しているため、細部が厳密ではない場合があります。ご了承いただければ幸いです。

 

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塚崎 公義
経済評論家

 

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