女性受刑者の犯罪理由に多く挙がった「経済的困難」
本稿では、女性が経済的困難に陥りがちな理由を考えてみたい。著書『塀の中のおばあさん 女性刑務所、刑罰とケアの狭間で』で紹介した受刑者のインタビューでは、「経済不安」「節約」「生活困窮」を犯罪の理由に挙げる人が多かった。経済的な自立ができていれば、他人に依存し、犯罪に巻き込まれるリスクを減らせる可能性がある。
育児・家事・介護などの家庭責任を負うため、就業継続が困難
女性が低賃金・低年金になりがちな理由のひとつに、育児や家事、介護などの家庭責任を負いやすく、そのために就業継続が難しい点が挙げられる。
国立社会保障・人口問題研究所の「第16回出生動向基本調査〈夫婦調査〉(第1子の出生年が2015-2019年)」によれば、長年、4割前後で推移していた第1子出産後も就業を継続した女性の割合は、69.5%にまで上昇した。育児休業や保育所の整備・拡充がこの背景にあるとみられ、特に正社員として働く女性は、育児休業制度を利用してそのまま就業を継続するケースが目立つ。
他方、正社員の就業継続率が83.4%なのに対し、パートや派遣などの非正規労働者の割合は40.3%と、大きな差がある。非正規として働く場合は、出産後、労働市場から離れてしまう傾向が見られた。
離職の理由は様々だが、妊娠・出産を機に離職した女性を対象としたアンケート(明治安田生活福祉研究所「出産・子育てに関する調査」、2018年6月)では、「子育てをしながら仕事を続けるのは大変だったから」という理由が一番多かった。仕事と子育ての両立への負担が、女性の就業継続の大きな壁となっていることがうかがえる。
令和3年版男女共同参画白書によると、6歳未満の子供を持つ夫の家事・育児関連時間(週全体平均)は徐々に増えてきたものの、妻と比べるとその差は明らかなままだ。2016年の調査では、共働き世帯の夫の1日あたりの家事・育児関連時間は82分なのに対し、妻は365分となっている。
非正規雇用が多い
非正規雇用の多さも、女性の賃金の低さや経済的困窮につながっている。
働く女性が増えたとはいえ、全体としてはパートや派遣などで働くケースが多く、女性の非正規労働者の割合は5割を超える(54%、男性は22%。2020年)。出産、育児などで一度仕事を離れた女性が再就職する際も、パートなどの非正規雇用に就くケースが多い。
非正規は、解雇や雇い止め(雇用期間満了時に使用者が契約を更新しないこと)など、賃金や待遇面で厳しい環境に置かれることが多く、不安定な働き方となりやすい。
ここで、男女計のデータではあるが、非正規雇用と正規雇用との格差について見ておく。厚生労働省の「毎月勤労統計調査(令和3年分結果確報)」によると、フルタイムで働く一般労働者の月間の現金給与総額(基本給や賞与、手当などを含む税引き前の額)が41万9500円なのに対し、パートタイム労働者は9万9532円。また、厚生労働省の「令和2年度能力開発基本調査」によれば、日常業務に就きながら行われる教育訓練について、正社員に対して実施した事業所は56.9%なのに対し、非正規雇用労働者の場合は22.3%。業務命令で通常の仕事を一時離れて行う教育訓練については、それぞれ68.8%、29.2%となっている。
社会保障の適用状況についても差がある。厚生労働省の「令和元年就業形態の多様化に関する総合実態調査」によると、正社員の9割以上が「雇用保険」「健康保険」「厚生年金」に加入しているのに比べ、非正規雇用労働者はそれぞれ約71%、約63%、約58%(パートタイム労働者に限ると、それぞれ64%、約49%、約43%)だった。賃金や待遇面で厳しい状況に置かれやすいのが非正規労働者ということがうかがえる。
ここで断っておきたいのは、「非正規」という働き方自体が悪いわけではないということだ。1984年に604万人(男女計。雇用者に占める割合は15.3%)だった非正規労働者は、1990年代以降大きく増え、2019年には2165万人(38.3%)にまで膨らんだ。増加の背景には、人件費が安く、雇用の「調整弁」として使いやすい人材を企業が望んだ点が大きいが、「都合のよい時間に働きたい」という働く側の希望もあった。確かに、「時間の融通が利く」「家事や育児などと両立しやすい」「体調に合わせて働くことができる」など、非正規は、魅力的で多様な働き方のひとつといえる。
ただし、海外と違って、日本では単に「働く時間が短い」ということだけでなく、賃金水準が低く抑えられていたり、正社員にはあるボーナスや手当、休暇、福利厚生などがない場合があったりと、待遇面での格差が大きく、不安定な働き方となっている点が問題だ。
依然として大きい男女間の賃金格差
女性が経済的困難に陥りやすい背景として、男性の給与の約7割という男女間の賃金格差も挙げられる。
令和3年版の男女共同参画白書によれば、2020年の男性一般労働者(常用労働者のうち、短時間労働者を除いた者)の給与水準を100とした場合の女性一般労働者の給与水準は74.3。また、正社員の男女の所定内給与額を見た調査では、男性の給与水準を100としたときの女性の給与水準は76.8となっている。背景には、女性は非正規雇用が多いこと、女性の管理職が少ないことなどがうかがえる。長期的に見れば男女の賃金格差は縮小傾向にあるとはいえ、その差は依然として大きい。
年金額も低い…日本の貧困者の約5人に1人が「高齢女性」
賃金の低さは老後に受け取る年金額にも直結する。厚生年金の平均受給月額は、男性の約16.6万円に対し、女性は約10.5万円(2020年度末、基礎年金含む)と、大きな開きがある。
総じて高齢女性の所得水準は低めであり、とりわけ、高齢の単身女性には低所得者が多い。2017年9月、日本学術会議の主催で、「再考:高齢女性の貧困と人権」と題した公開シンポジウムが開かれた。主催者の一人で首都大学東京(当時)の阿部彩(あべあや)教授によると、日本の貧困者の約5人に1人が高齢女性という。原因として、女性は出産・子育てなどで就労期間が短く、賃金も低いために低年金になりやすいこと、長生きのため、結婚しても単身になりやすく、一定の財産や持ち家がないと貧困に陥りやすいことなどが指摘されている。
このシンポジウムで日本福祉大学の藤森克彦(ふじもりかつひこ)教授は、高齢単身女性が貧困に陥りやすい背景として、①基礎年金(国民年金)のみの受給者の比率が高い、②厚生年金を受給しない人の比率が高い、③厚生年金や共済年金の受給者に占める低所得(年収150万円未満)の比率が高い、④無年金者の比率が、夫婦のみ世帯よりも高い――などを挙げた。また、今後、80歳以上の単身男女が急速に増えていく中で、現在、親などと同居する中年未婚女性は親亡き後、高齢単身世帯となり、貧困リスクが高まる懸念についても言及した。
結婚しない人の増加も、相俟って単身化は今後ますます進む見通しだ。「『大シングル社会』が来る。その到来への備えが必要だ」と警鐘を鳴らす識者もいる。国立社会保障・人口問題研究所の推計によれば、50歳時の未婚割合(生涯未婚率)は、2040年に男性は約3割、女性は約2割にまで上昇する。
貧困や困窮への不安が受刑生活に結びつく恐れは、ゼロではない
高齢女性が増える約20年後は、就職氷河期世代が高齢者の仲間入りをする時期と重なる。この世代は、非正規雇用など不安定な就労環境を余儀なくされたケースが多く、低所得の高齢者が急増しかねない。中には、「塀の中のおばあさん」の一員になってしまう人が出てくるかもしれない。
猪熊 律子
読売新聞東京本社編集委員
1985年4月、読売新聞社入社。2014年9月、社会保障部長、17年9月、編集委員。専門は社会保障。98~99年、フルブライト奨学生兼読売新聞社海外留学生としてアメリカに留学。スタンフォード大学のジャーナリスト向けプログラム「John S. Knight Journalism Fellowships at Stanford」修了。早稲田大学大学院法学研究科修士課程修了。共著に『ボクはやっと認知症のことがわかった』(KADOKAWA)などがある。
杉原 杏璃 氏登壇!
「THE GOLD ONLINE フェス 2025 @東京国際フォーラム」
(入場無料)今すぐ申し込む>>
注目のセミナー情報
【海外不動産】12月26日(木)開催
10年間「年10%」の利回り保証・Wyndham最上位クラス
「DOLCE」第一期募集開始!
【事業投資】12月26日(木)開催
年利20%の不動産投資の感覚で新しい収益の柱を構築
ブルーオーシャン戦略で急拡大!
いま大注目のFCビジネス「SOELU」の全貌