睡眠不足などで「出社はしているけど、調子はいまいち」状態が招く労働生産性の損失は20兆円(※1)
読者の皆様で、毎日「すっきり寝れた!」と感じる方はどれくらいいらっしゃいますか。「寝不足だな」と感じている方のほうが多いかもしれませんね。
実は日本人の睡眠時間は、世界一短いといわれています。OECD(経済協力開発機構)がまとめた「世界における時間の使い方(Time use across the world)」では、日本を含む世界33ヵ国それぞれの平均睡眠時間が示されています。
2021年版のデータによると、日本人の平均睡眠時間は442分(7時間22分)で、2位の韓国と30分近い差があります。
この調査では、数年前まで日本は2位でした。私は産業医面談を実施する際、「よく眠れれていない」とおっしゃる社員さんには「日本人って世界で2番目に睡眠時間が短いんですよ」という話をよくしていましたが、今や世界で一番睡眠時間が短いのは日本なのです。産業医として、これは大きな課題であると考えています。
私はこれまでに、参議院事務局をはじめ中央省庁や上場企業を中心とする50団体以上の産業医を務めましたが、「会社には出社しているものの、体調が万全ではない状態で働いている」「自身の体調不良が業務のアウトプットに影響していることに気が付かない」というビジネスパーソンを数多く見てきました。この、万全の体調ではないまま働くことによる生産性の低下を「プレゼンティーイズム」といいます。
(参考:東京⼤学政策ビジョン研究センター健康経営研究ユニット健康経営評価指標の策定・活⽤事業成果報告書2016年2⽉)
このプレゼンティーイズムの大きな原因の1つとして、睡眠不足や睡眠時無呼吸症候群があります。プレゼンティーイズムによる国内の経済的損失は年間20兆円(※1)、労働者1人あたりに換算すると年間30万円にも上るといわれています。
この記事では私が産業医として出会った患者さんの事例を挙げて、ビジネスパーソンと睡眠の重要性についてお伝えします。
(※1 2024年2月2日現在の 1ドル=146.49円の為替で換算。参照元:米シンクタンク RAND Corporation)
睡眠不足による生産性低下と企業リスク。6時間以下の睡眠2週間は、2日徹夜と同程度に認知機能が低下する。
睡眠に関する悩みには、不眠症、睡眠時無呼吸症候群、レム睡眠行動障害などがあります。なかでも、睡眠時無呼吸症候群は特に中高年の男性に多い傾向にあります。見逃されやすい疾患の1つであり、相当の生産性低下や大きな事故の要因になっていると考えられます。
アメリカ合衆国の大統領ジョー・バイデンは、以前から睡眠時無呼吸症候群であることを公表していました。ある日、彼の横顔を撮った写真が話題になりました。「この筋はなんだ」と。
これは、無呼吸症候群を改善するCPAP(シーパップ)という機械の、鼻に空気を送るシリコンを固定するバンドの跡です。睡眠時無呼吸症候群の治療にはCPAPが有効であり、
睡眠不足がもたらす悪影響として、イライラや抑うつ、集中力低下のほか、近年では認知機能にも影響を与えると考えられています。
たとえば、6時間以下の睡眠時間が2週間続いた場合、2日間の徹夜と同程度の認知機能低下をもたらします。さらに、起床から15時間経過すると、酒気帯び運転と同程度の認知機能の低下にもなるともいわれています。
睡眠不足によりパフォーマンスが低下することで、残業がさらに増え、ますます睡眠不足に陥る悪循環に陥るのです。なにより企業にとっては、労働災害のリスクも高まります。