課長代理への昇格を前にした8年目行員
関東銀行の8年目行員の黒田は4月期初に行われる支店全体会議で今期の個人目標が前期対比110%であることを確認した。黒田は今期の営業成績に昇格がかかっており、課長からも期末打ち上げの際に「今期の結果次第で課長代理に大きく近づく」と発破をかけられたばかりだ。
課長代理への昇格は銀行員が大きく昇給するステップ。妻子を抱える黒田にとって、なにがなんでも目標必達が不可欠であり、通勤時間や昼食時など空いた時間に考えを巡らせていた。
とある日の通勤時、いままで駐車場であった場所に建築看板が設置されているのに気が付いた。近づいて看板を確認すると、施主の箇所に「合同会社甲社」とあった。おそらく駐車場オーナーが資産管理会社を設立して、相続対策を進めているのであろう。
その際に、ふと黒田の脳裏に前期異動により先輩から引き継いだ株式会社上杉印刷のことがよぎった。上杉印刷は、4代目の信夫(70歳)が会長職に退き、長男である信一(45歳)が社長職となり承継を進めている。また、関東銀行は上杉印刷のメインバンクであるものの、事業承継などにおいては本部を含めて関与できておらず独自に進めているとのことであった。
黒田は帰店後に、上杉印刷から営業車を停めるよう指示を受けた駐車場のことが気になり不動産の登記簿謄本を取得した。駐車場の管理看板に「上杉第二駐車場」と記載があり、かつ電話番号箇所に上杉印刷の番号が記載してあったからだ。
謄本を銀行のシステムにて取得し、確認すると、会長の信夫が相続により先代から個人名義で承継をしており、乙区にも特段の記載はなく担保のついていない、いわゆる「無傷の不動産」であることがわかった。
黒田は調べたところでひと段落し、優先事項である引継ぎや融資業務、与信管理業務などに手を取られ、当該駐車場のことについては記憶の片隅に追いやられていた。午前の仕事が落ち着くと、黒田は、再びそのときの記憶を思い出した。上杉第二駐車場は黒田が日ごろ営業車で通る県道沿いにあり、ずっと駐車場のままであった。
提案書の企画
黒田は不動産建築資金という、まとまった融資を実行するために相続対策をからめた提案の準備を進めることにした。現状は駐車場であり、立退きや大きな解体などは必要ないことから、この3ヵ月程度で施工会社を定め、工事請負契約まで進めることができれば建築確認申請期間などを考えても十分に今期中に融資は実行できそうだ。
黒田は早速、関東銀行へ出向中の江戸税理士法人(関東銀行提携先)の加藤を支店に呼び寄せ、打ち合わせに入った。
黒田から加藤には手許にある資料を共有のうえ、駐車場の活用を進めたいこと、融資は必ず今期中に実行したいこと、実行するためには相続税が大きく引き下がることをアピールしたいことなどを依頼し、加藤からの意見を大して聞くこともなく1ヵ月後を目途に提案資料を仕上げることを要求した。
一方で、黒田は上杉会長の書面による同意を受けたうえで関東銀行提携先のハウスメーカー3社に声をかけ、プラン作成を依頼した。うち老舗ハウスメーカー2社からは対象地がバス便であり建築費に対して十分なリターンを得られないことを理由にプラン作成を断られてしまった。
黒田は、近年売上げを大きく伸ばしている新興ハウスメーカーのA社に短期間での資料作成を依頼した。Aハウスメーカーのプランが出てきたタイミングで加藤に対し、相続対策シミュレーションに織り込むよう要請し予定どおり1ヵ月で上杉信夫(会長)あての提案書を完成させた。
早速、黒田は上杉信夫に対してアポイントの連絡を取り、後継者である信一も同席してもらうよう依頼を行った。
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