日本では離婚や再婚の増加に伴い、ステップファミリーが増えています。多くの家庭では、家族の歴史を重ねながら信頼関係もはぐくまれていきますが、残念なことに、なにかをきっかけに、積み上げたものが崩れてしまうこともあります。不動産・相続専門弁護士の山村暢彦氏が、ステップファミリーの相続トラブル事例を解説します。

言葉で語った「遺言」に法的効力なし

筆者はそれらの話を聞いたあと、即座に以下の項目を整理し、内容証明郵便として美穂さんに送付しました。

 

●口頭での遺言は無効である

●美穂氏の行為は脅迫や窃盗に当たる可能性があり、陽子氏は刑事告訴も辞さない

●早急に持ち去った権利証・実印・預金通帳を返却すること

 

口頭での遺言は、残される家族にとって大切な故人の言葉であることは確かです。しかし法律上、相続財産をだれにどのような割合で遺産相続させるかについては、遺言書として書面に書き残さなければなりません。

 

有効な遺言書がなければ、陽子さんと美穂さんは法定相続分の割合で遺産相続することになります。法定相続分と違う割合で相続したいなら、相続人全員で遺産分割協議をしなければなりません。

 

また、亡くなった方が所有していた不動産の権利証を持っていっても、法定相続人である陽子さんと共同でなければ、美穂さんは勝手に売却することはできません。ましてや陽子さんも持分を有する不動産なら、美穂さんに陽子さんの持分を売却する権利は一切ありません。

 

権利証は確かに大切な書類ですが、権利証だけで手続きができると思ったら大間違いなのです。仮に、美穂さんが必要書類を偽造して相続財産を勝手に売れば犯罪行為となります。

公正証書遺言で「虐待娘」を廃除することに

筆者が内容証明郵便を送付してしばらくのち、美穂さんは奪い去った権利証や実印、通帳などを返却してきました。それ以降は陽子さんのもとには寄りつかなくなり、遺産分割の催促だけをしてくるそうです。

 

陽子さんはこの一件があるまで、美穂さんとは親子としての信頼関係を築けていると思っていました。そのため、美穂さんに裏切られたという気持ちが募り、悔しさと怒りが収まりません。

 

「私がご飯を食べさせて、病気のときは看病して、大事に育てたのに…。〈後妻〉だなんてののしられて、絶対に許せない気持ちです」

「お父さんもきっと、草葉の陰で泣いている…」

 

陽子さんは将来、自分の財産が養女である美穂さんにわたることを阻止したいと考えるようになりました。筆者は陽子さんから依頼され、次の2つの対抗手段を取ることにしました。

 

1、公正証書遺言の作成

2、陽子さんの妹と財産管理契約を締結

 

公正証書遺言には、次のことを記載しました。

 

●陽子さんの財産はすべて陽子さんの妹夫婦に遺贈する

●美穂さんの陽子さんに対する虐待の経緯と廃除の意思

 

これにより、将来陽子さんが亡くなった際、美穂さんに自動的に資産が相続されることが予防されます。

 

美穂さんは陽子さんの養女であるため、離縁(縁組の解消)をしない限り、美穂さんには遺留分があります。しかし陽子さんの気持ちとして、自分の財産を美穂さんに残したくないという気持ちが強く、公正証書遺言に盛り込みました。

 

また「虐待など相続人としてふさわしくない事由を有する人には相続させない」という意思である「廃除」も記載しました。遺言による廃除の場合、陽子さん亡きあとに家庭裁判所で遺言執行者が手続きをする必要がありますが、陽子さんの気持ちを法的に表すためには、最善の方法だったと思います。

 

今後の自分自身の財産管理や介護についても、陽子さんは養女である美穂さんを信頼できなくなってしまったため、妹と公正証書による財産管理契約を締結したのです。

感情のわだかまりと、誤った知識が相まって…

今回の件で筆者が切実に感じたのは「正確な知識の重要性」です。もしかしたら、養女である美穂さんには、陽子さんに対する長年積もったわだかまりがあり、その気持ちが噴き出してしまったのかもしれません。

 

しかし、やっていいことと悪いことがあります。それだけでなく、継母のもとから不動産の権利証や印鑑等を持ち出すだけでは、父親の遺産はどうにもならないということを、事前知識として知っておくべきだったといえます。

 

もしも、亡くなった陽子さんの夫が「念のため」公平な内容の遺言書を残していたら、あるいは、美穂さんがはじめから正当に遺産分割協議に臨んでいたら、今回のような最悪の事態にはならなかったでしょう。

 

巷に溢れる「誤った情報」に惑わされてはいけません。ときに、無知は人を悪魔に変えてしまうことがあります。残されるご家族のためにも、先立つ方は「争族」を予防するために「遺言書」を準備してください。

 

 

※登場人物は仮名です。プライバシーに配慮し、実際の相談内容と変えている部分があります。

 

山村 暢彦
山村法律事務所 代表弁護士

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