両親と同居し、面倒を見てきた長男夫婦
今回の相談者は、50代会社員の田中さんです。高齢の父親が準備している遺言書の内容に不安があるということで、筆者のもと訪れました。
田中さんは大学を卒業後、20代後半で結婚。2人目の子どもが生まれたタイミングで実家へ戻り、その後はずっと3世代で同居してきました。子どもたちは全員就職し、独立して家を離れています。田中さんには姉がひとりいますが、他県に嫁ぎ、夫の両親と同居しています。
田中さんの母親は15年前にすでに亡くなり、いまは田中さんの妻が中心となって、高齢となった父親の面倒を見ています。
「母の遺産は預貯金だけでした。そのときは父がすべてを相続して、私と姉は何も受け取らなかったのです」
母親亡き後、父親はすぐ遺言書を作成
田中さんの母親は地主の娘で、祖父の相続の際、まとまった現金を相続していました。田中さんの父親がそれを引き継いだことで、自宅と自宅敷地内にある貸家に加え、預金が増えたかたちです。資産の構成は、不動産が3分の2、預金が3分の1で、総額2億円超となっています。父親としては、不動産は同居する田中さんにすべて相続させ、預金は家を出た姉と2人で等分にすればいいと考えていたとのことです。
「父は、母が亡くなってすぐ、自身の遺言書を準備しました。長男で同居の私にすべての不動産を、家を出た姉には、預貯金の半分を渡す、という内容でした」
田中さんと姉はとくに関係が悪いといったことはないそうですが、父親が亡くなったあとにもめることがないようにと、知り合いに紹介してもらった弁護士に依頼し、公正証書遺言を作成したそうです。田中さんの姉も自分の相続分について了承しています。
遺言書に記載の貸家、解体・撤去済みなのだが?
遺言書の作成から15年近く経過し、父親も80代後半になりました。認知症の兆候は今のところないとのことですが、深刻な健康問題を抱えています。
「じつは、気になっているのが遺言書の内容なのです。私は遺言書の内容を父親から聞いており、詳細を知っています。私には〈自宅と貸家と現金の半分〉ということになっているのですが、記載されている貸家はすでに解体してしまい、いまは駐車場になっています」
つまり、相続する予定の建築物がすでに存在しないため、遺言書の内容と資産状況が異なっているのです。
「もしかしたら、遺言自体が無効になるのではないかと思っておりまして。もし遺言書が無効となり、姉の気が変わって遺産の半分を要求されたら、自宅を売却するしかありません…」
「存在しないもの」は相続できないので…
筆者の事務所の提携先の弁護士によると、相続人の変更や、財産が増える・相続させる内容に変更がある場合は、遺言書の作り直しが必要ですが、今回の田中さんのケースでは、遺言書をそのままにしていても問題ないとのことでした。
遺言書は「誰に」「何を」相続させるかを記載したものですが、そもそも論として、存在するものしか相続できません。遺言書に建物の記載があったとしても、相続になったときに該当の建物が存在しなければ、手続きができないということです。田中さんの場合は、貸家はなくなりましたが、土地は存在するので、遺言書通りそのまま相続することができます。以上のことから、今回は遺言書の作り変えは不要なのです。
説明を受けた田中さんは胸をなでおろしていました。
遺言書作成時から財産の内容が変化した場合でも、残っている財産については、遺言書によって手続きが可能です。不動産や預貯金などについては、具体的な金額ではなく「分け方」を決めて遺言書を作成しておけば、手間がかからず安心だといえます。
※登場人物は仮名です。プライバシーに配慮し、実際の相談内容と変えている部分があります。
曽根 惠子
株式会社夢相続代表取締役
公認不動産コンサルティングマスター
相続対策専門士
◆相続対策専門士とは?◆
公益財団法人 不動産流通推進センター(旧 不動産流通近代化センター、retpc.jp) 認定資格。国土交通大臣の登録を受け、不動産コンサルティングを円滑に行うために必要な知識及び技能に関する試験に合格し、宅建取引士・不動産鑑定士・一級建築士の資格を有する者が「公認 不動産コンサルティングマスター」と認定され、そのなかから相続に関する専門コースを修了したものが「相続対策専門士」として認定されます。相続対策専門士は、顧客のニーズを把握し、ワンストップで解決に導くための提案を行います。なお、資格は1年ごとの更新制で、業務を通じて更新要件を満たす必要があります。
「相続対策専門士」は問題解決の窓口となり、弁護士、税理士の業務につなげていく役割であり、業法に抵触する職務を担当することはありません。