裁判所が「賃料の700ヵ月の立退料」を算出した根拠
この裁判例の判断の内容は以下に説明するとおりです。
まず、賃貸人・賃借人双方がこの建物を必要とする事情については、裁判所は以下のように述べ、賃借人側の必要性が上回ると述べました。
- 賃借人は、長年本件建物で、営為、営業を続け生計を立ててきているところ、他に本店である大久保店があるものの、営業の規模、利益において、本件店舗がかなりまさり、本件店舗を失うことは賃借人の営業とその生計にかなり大きな損失となる。また、本件店舗付近で代替店舗を入手することもかなり難しい。
- 本件建物は老朽化しているとはいうものの、修繕を加えながら使用すればなお相当期間現在同様に使用しうる。
- 本件建物所在地周辺が、逐次都市化、中高層化してきており、将来はそれが必至の状況であるとはいっても、本件建物のある明治通りの早稲田大学寄りの地域にはなお低層、木造の建物も少なくなく、基準時ないし現在(弁論終結時)において再開発、中高層化が絶対的な地域的要請となっているとまではいえない。
- 賃貸人は、本件土地の近くにかなりの面積の土地を所有し、自宅と賃貸ビルを同地上に有し、また他に約100坪の貸地を有しており、本件建物、本件土地の明渡しを受けて再開発、高度利用をしなければ生計が立たず生活が出来ないということはない。
これらの事情を比較衡量すると、正当事由があることに資する事情も正当事由を否定することに資する事情も双方あるが、本件建物についての賃借人の必要性は賃貸人のそれを上廻るものであり、正当事由はないといわなければならない。
このように、賃借人側の必要性を重視して正当理由を否定したものの、次に、結論として立退料の提供と引換えに明渡を認めました。
立退料の算定については、以下の要素を総合考慮して、2億8,000万円(賃料の700ヵ月分)と認定しています。
- 賃貸人依頼の不動産鑑定書によれば、本件建物の借家権価格は昭和60年4月現在6,300万円と評価されていること。
- 賃借人依頼の不動産鑑定書によれば、立退料相当額としての本件借家権価格は昭和62年4月現在2億6,000万円と評価されていること。
- 新店舗事務所の入居保証金、営業損造作費として1,000万円、移転費、仲介手数料として300万円程度と見込まれること。
- 賃貸人は、最終的には、立退料として2億5,000万円又は裁判所の決定する額を相当額として提供すると申し出ていること。
以上のとおり、裁判所は、立退料の判断要素として
- 借家権価格
- 移転に係る実費(新店舗の入居保証金、営業損、移転費、仲介手数料等)
を考慮して金額を算定しています。
金額が高額となっているのは、バブル時代の時期の裁判例という事情が大きいと考えられますが、立退料の算定方法の概要を示した裁判例として参考になります。
※この記事は2020年4月12日時点の情報に基づいて書かれています(2023年9月28日再監修済)。
北村 亮典
弁護士
大江・田中・大宅法律事務所
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