将来にわたる魅力づくりはどう行うべきか
将来にわたる魅力は、「ビジョン」によって生まれます。ビジョンの中でも、顧客との関係性に関するものは特に重要です。顧客にどんな商品やサービスを提供し、どの様に喜ばれているかというビジョンは、事業の根幹を成す大事であり、働く人の仕事への誇りとモチベーションに直結します。
ところが、多くのリーダーがビジョンづくりに苦手意識を持っています。
すでに起きたことの分析や対応には慣れていますが、まだ起きていない未来をイメージすることには不慣れだからです。
そのため、「業界日本一」とか、「地域で最も愛される会社」といった、ぼやけたイメージの、心が動かないビジョン(というかスローガン)が多いのだと考えます。未来をイメージすることが苦手な人でも、魅力的なビジョンを描く有効な方法があります。
それは「1人の物語」で表現するという手法です。
「この人には幸せになって欲しい、成功して欲しい」と心から思える、実在するモデルを1人挙げ、その人が自社とお付き合いすることで成功する物語を描くという方法です。実在する人を挙げる理由は、顔が見えないとイメージが鮮明にならず、心が動かないからです。モデルは、既存客はもちろん、知り合いでも家族でも、自社の力で幸せにできる可能性がある人であればOKです。
一つ、企業の実例を紹介します。岩手県内に「さくら」という訪問看護ステーションを運営する「株式会社AKASI」(菅原晃弘社長)です。
同社は、2019年に、「A君」という難病を持つお子さんをモデルにし、「難病にも対応できる訪問看護ステーション」というビジョンを描きました。以下はその物語です。
A君は、難病のため外出ができません。そのため、お母さんはプライベートが制限されていました。そんな時に同社に出会います。
A君には夢があります。「学校に行きたい」という夢……お友達が当たり前に過ごしている毎日です。この夢を叶えるため、同社ではA君の状態を家族や医師、学校などと共有し、通学できる方法を研究しました。その努力が実り、3年後には学校生活が送れるようになりました。
お母さんにはゆとりができ、家族団らんを楽しんだり、仕事を持つこともできるようになりました。A君は、たっての希望だった修学旅行に、大好きなお友達と行くことができました。
A君は、ビジョン実現の象徴です。同社では、ビジョンが定まったことで、仕事に誇りを持つ社員さんが増え、日々、高いモチベーションで業務に励んでいます。今では、描いたビジョンが現実化し、実際に学校に通えるようになったり、修学旅行に参加できる子どもが増えています。
社員さんは「この会社で働き続け、A君のような子を増やしたい」と強く望んでいます。
ビジョンを伝え、志の高い人材を採用する
「出」を減らすと「入り」を増やすことが容易になります。モデルの物語を求人広告や自社サイトなどに載せ、「この未来を一緒につくってくれる仲間を探しています」と伝えるのです。すると、同じ夢に向かって歩んでくれる、ヤル気の高い仲間が集まります。そういう人は、ちょっとやそっとでは会社を辞めることはありません。
私が研修などでこの手法をお伝えすると、「そんな高い志を持った人がいるのかな」と言う人がいます。しかし、出会えていないだけで、想像以上に多くいるはずです。企業側が採用の際にビジョンを伝えず、待遇のみの求人を出すため、マッチングが起こらないのです。
それを裏付けるデータもあります。内閣府が、1972年から毎年行っている「国民生活に関する世論調査」の中に「これからは心の豊かさか、まだ物の豊かさか」という設問があります。
1972年には、心の豊かさと答えた人が37.3%、物の豊かさが40.0%だったのが、2022年には、それぞれ51.7%、46.9%と逆転しています。
この調査は、消費動向の考察に使われることが多いのですが、雇用の現場にも適用できます。待遇だけでなく、心豊かな働き方を求める志を持った人は、想像以上に身近にいるのです。
本記事で紹介した手法は、楽をして人手不足が解消できるものではありません。リーダーに描いたビジョンを実現する気がなければ、入社した人だけでなく、既存社員をも失望させてしまいます。覚悟がいることですが、肚をくくれば組織は賛同者で固められ、人材不足とは無縁になるでしょう。
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