政府による知的財産保護が施行されるも特許出願数は低下した!? 日本の知財力を低下させた「思惑外れの戦略」とは

政府による知的財産保護が施行されるも特許出願数は低下した!? 日本の知財力を低下させた「思惑外れの戦略」とは
(画像はイメージです/PIXTA)

2002年、小泉政権下で知的財産保護の大きな動きが起こりました。これにより日本の知財力は更なる飛躍を遂げるかと思いきや、特許出願件数はまさかの減少。政府の戦略の落とし穴とは一体何だったのでしょうか? アイ・ピー・ファイン株式会社・代表取締役古川智昭氏の書籍『日本の開発力を甦らせる知財DX』(幻冬舎メディアコンサルティング)より解説します。

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特許出願数が低下し続ける日本

2002年2月に当時の小泉純一郎首相は国会の施政方針演説で「知的財産戦略会議を立ち上げ、必要な政策を強力に推進する」と述べました。これは「知的財産立国宣言」とも呼ばれ、政府による知的財産保護の大きな旗振りが始まりました。

 

その後、同年3月には小泉首相を本部長とする知的財産戦略会議が設けられ、同年7月には戦略会議により設けられた委員会で「知的財産戦略大綱」が発表され、これが日本で知的財産政策の基本となりました。その点で、同年は国内の知的財産の流れが大きく変化した年といえます。

 

これまでさまざまな施策が実行され、知的財産制度面の充実が図られてきました。日本企業も知的財産を経営資産として重視し、知的財産戦略に力を入れるようになってきたのです。しかし、20年が経過した現在、その成果は少しいびつな形で表れています。

 

日本国内の特許出願件数は、2005年頃は40万件を超えていたのに、2020年には30万件以下に減少してしまったのです(図表1)。

 

[図表1]日本の特許出願数とGDPの推移

 

知財立国が声高に叫ばれ、国によるさまざまな施策が実行されてきたにもかかわらず、特許出願数が低下した現象はいかにも不思議に見えます。特許出願数が減少した要因についてはさまざまな分析がありますが、そのいずれもが推測の域を出ません。私は、その理由の一部は特許関連業務の高度化にあると推測しています。

日本の知財力を低下させた思惑外れの戦略

高度な分析や戦略づくりを通じて特許出願の効率性を追求することは、日本の知財の歴史を振り返ると自然な流れだったといえます。しかし、特許出願1件ごとの効率性があまりに追求され過ぎた結果、2000年代初頭まで増加傾向にあった特許出願数は減少傾向に転じ、その後減り続けることになります。

 

知財業務の高度化と特許出願の効率性の追求は否定されるべきものではありません。むしろ、知財業務が国際的に高度化した時代では不可欠の要素といえます。この流れを適切に後押しできれば、特許出願の効率性と出願の活性化の双方がもたらされ、日本の知財力は高まっていたはずです。

 

しかし、現実はそうはなりませんでした。

 

日本の多くの企業では、知財が経営課題として認識されはしたものの、知的財産部門や研究・開発部門の知財業務に関して十分な予算が割り当てられているとはいえない状況です。

 

また、特許ポートフォリオやIPランドスケープなどの分析手法は、本来であれば経営企画部門が主体となって分析し、企業の経営計画に盛り込んでいくべきものですが、多くの会社でこれらの分析は知的財産部門に任されているのが実情です。

 

高度化した知財業務を任されている企業の知的財産部門の地位も決して高いとはいえません。日本の知的財産部門の主たる業務は今も昔も特許出願業務とその管理であり、あまり高度な役割を期待されていない現状があります。

 

経営陣も知財の重要性は時代の流れから認識しているため知的財産部門に期待をする言葉は掛けるものの、人員も予算もあまり割り振られないという状況は多くの企業に見られる光景だといえます。

 

知的財産部門の人員は決して潤沢ではなく、研究・開発部門でベテランとなった人員がリタイアし知的財産部門に異動されるという配置もよく行われます。10~20年ほど前までは、定年間近な社員をリストラ予備軍として知的財産部門に配属し、特許調査をさせるという企業までありました。もちろん、一部では新卒の社員を専門人材として知的財産部門に配属し、弁理士の資格も取得させて専門性を高めるとともに、経営も一体となって知財戦略の策定に取り組む企業も出てきているものの、まだ少数です。

 

日本では知的財産部門出身者が取締役となるケースはまだまれです。近年、法務に携わった人材が取締役や社外取締役として採用されるようになった傾向とは対照的です。日本の経営で知的財産は無視できない要素とはなりましたが、その優先順位は法務と比較すれば非常に低いのです。つまり、知的財産部門が分析した結果を用いて戦略を提案してもその影響力は弱く全社的な経営課題とはなりにくい現状があります。

 

また、研究・開発部門に提案したとしても、経営側からの後押しがない状況では参考程度にしかなりません。結果として、多くの日本企業では知財戦略が立てられる環境にはあったとしても、そういった実践ができていることは少ないのです。これでは企業が立案したものは実行力をもたない自己満足戦略であるといっても過言ではありません。

 

知的財産部門は直接的に売上や利益を上げることがない、いわばコストセンターです。いくら高度化した業務を担っているとしても、経営側からの後押しと理解がなければその成果を表すものはコスト削減の面しか評価されません。そのため、経営側への成果の説明として「質の良い特許に出願を絞り込んで、効果的な出願を行った」という説明がされやすくなるわけです。

 

いわば、いかにコストパフォーマンスの良い出願ができたかということばかりがアピールされがちな環境になっていったのです。

質を追求したつもりの特許戦略がもたらしたもの

日本企業が1980年以降追求してきたはずのコストパフォーマンスが高く、質の良い特許とは一般的には、権利範囲が広い特許だといわれています。

 

もちろん、発明の権利を手広く抑えるためあやふやな内容にしたのでは意味がありません。競合他社が業務上使用せざるを得ないような特許が良い特許だといわれます。しかし、良い特許だといわれても、それが出願企業の特許の質と必ずしも合致するとは限りません。

 

それぞれの企業には特有のビジネス環境があり、市場の特性や業界慣習、特許権の行使の頻度などはさまざまです。業界によっては、対消費者ビジネスを展開しているという理由で、特許権を侵害されたとしてもできるだけ訴訟になることを控える慣習もあります。この場合は特許の取得がもつ意味は大きく変わってきます。つまり、特許の質のとらえ方は企業や人の考え方それぞれであり、明確に定義することはできないのです。特に訴訟やトラブルを極力、避けようとする日本ではこの傾向は顕著です。

 

近年では、特許の質や価値について公表されているデータをベースに数値化するよう取り組まれていますが、数値化できない要素を考慮せず、数値上のデータだけを参照してしまうような評価ではおそらく実態は反映できません。つまり、特許の質は評価できないものであり、追求する必要のないテーマであるといえるのです。

 

多くの企業では、特許の質を追求することが特許戦略だと考えて推進してきたかと思いますが、そもそも特許の質が定まらないならば、追求した「つもり」に過ぎないのです。企業の開発力や日本の開発力を評価する際には、あくまで特許の質ではなく量を指標として見るべきです。

 

企業の業績を大きく伸ばすような発明を実現するには、発明の母数を増やすしかありません。企業の一事業を新たに築くような発明ができる確率は、ダイヤモンドの採掘と同じ程度かと思います。非常に確率の低いダイヤモンドの採掘作業で、確実にダイヤモンドを見つけるために分析をいくらやっても意味はありません。ひたすら掘って、掘り当てるしか手段はないことは自明です。同様に、企業の開発力を向上させるためには、発明を促進して、特許出願数を増やすしかないのです。

 

 

古川 智昭
アイ・ピー・ファイン株式会社 代表取締役

 

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※本連載は、アイ・ピー・ファイン株式会社・代表取締役古川智昭氏の書籍『日本の開発力を甦らせる知財DX』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、編集したものです。

日本の開発力を甦らせる知財DX

日本の開発力を甦らせる知財DX

古川 智昭

幻冬舎メディアコンサルティング

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