「バカ上司」部下からの暴言に思わず「アホ」「ボケ」と言い返し…上司「上司の発言だけが、パワハラに該当するのでしょうか」【弁護士からの厳しい回答】

「バカ上司」部下からの暴言に思わず「アホ」「ボケ」と言い返し…上司「上司の発言だけが、パワハラに該当するのでしょうか」【弁護士からの厳しい回答】
画像:PIXTA

法改正に伴い、近年企業における「パワハラ」はより厳格に取り締まられるようになってきました。本連載は、弁護士である山浦美紀氏の著書『パワハラのグレーゾーン-裁判例・指針にみる境界事例-』(新日本法規出版)より、一部抜粋して紹介。実際の現場で起こり得る企業のグレーゾーンな事例を取り上げながら、弁護士が分かりやすく解説します。

「労働者の就業環境が害される」言動かどうか

しかし、「アホ」「ボケ」はついつい一度口走ってしまった程度であり、これが、「労働者の就業環境が害される」言動かどうかが問題となります。

 

「労働者の就業環境が害される」言動か否かは、「平均的な労働者の感じ方」を基準に判断されます。また、パワハラ運用通達第1・1(3)イ⑥によれば、「言動の頻度や継続性は考慮されるが、強い身体的又は精神的苦痛を与える態様の言動の場合には、一回でも就業環境を害する場合があり得る」とされています。

 

「アホ」「ボケ」、さらに「殺すぞ」といったような言葉は極めて不穏当な発言であり、一回でも強い精神的苦痛を与えかねない発言ですので、平均的な労働者を基準とした場合、「労働者の就業環境が害される」言動といえるでしょう。

上司が「あほ」と発言した実際の裁判例では

指示どおり作業を行っていなかった部下(派遣社員)を叱責する際に「あほ」と発言したことが問題となり、会社の使用者責任等が問われた裁判例があります(大阪高判平25・10・9労判1083・24)。

 

会社側は、「あほ」との発言は、証拠上3回であり、これも部下に業務上のミスがあったため叱責する業務指導であり、関西では日常的に威圧や侮蔑の意図なく用いられている言葉であると主張しました。

 

しかし、裁判所は、「『あほ』に至っては口を極めて罵るような語調となっているのであり、これに対し、被控訴人(筆者注:部下)が一応反論や弁解を述べることが出来ているとしても、このような言葉は、事態に特段の重要性や緊急性があって、監督を受ける者に重大な落ち度があったというような例外的な場合のほかは不適切といわざるを得ない。

 

しかし、本件では、C(筆者注:上司)は重要な事態であった旨述べるものの、そうであれば、何故上記のような極端な言辞を用いての指導を行うのか、その趣旨ないし真意と事態の重要性を被控訴人(筆者注:部下)が理解できるように説明すべきであるといえる。本件では、用いられた言辞に相応しい緊急性、重要性のある事態であったといえるかは疑問であるというほかはないから、不適切といわざるを得ない。」と判示されました。

 

当該裁判例では、「事態に特段の重要性や緊急性があって、監督を受ける者に重大な落ち度があったというような例外的な場合」には「あほ」という言葉が許容される余地も残していますが、「あほ」という言葉が許容されるような特段の緊急性や重大性があって、部下に重大な落ち度があるという場面は想定し難いものです。

 

やはり、「アホ」という言葉はそれ自体、上司が注意指導で用いる言辞としては不適切であり、部下に対し、「アホ」と発言することは、パワハラに該当すると判断されるおそれがあります。したがって、冗談であったとしても「アホ」という言葉を用いて注意指導することは避けるべきです。

「部下から上司」に対するパワハラは成立するのか

本事例では、部下から上司に対して、「バカ上司」という発言がなされています。パワハラは、一般的には、パワー(権力)を有する上司から弱い立場の部下に対してなされるものですが、部下から上司に対するパワハラは成立するのでしょうか。

 

措置義務の対象であるパワハラは、①優越的な関係を背景とした、②業務上必要かつ相当な範囲を超える、③労働者の就業環境を害するものという3要素により判断されます。このうち、①の「優越的な関係を背景とした」については、パワハラ指針によれば、典型的な上司から部下への言動だけではなく、同僚同士の言動や、部下から上司に対する言動も優越的な関係を背景としたものと評価されます。

 

具体的には、パワハラ指針2(4)では、部下による言動で、「当該言動を行う者が業務上必要な知識や豊富な経験を有しており、当該者の協力を得なければ業務の円滑な遂行を行うことが困難であるもの」は「優越的な関係を背景とした」言動であると記載されています。具体的には、部下のITスキルなしでは業務が遂行できない場合などがこれに当たります。

 

実際の裁判例でも、部下から「エクセルのお勉強をしてください。分からなかったら娘さんにでも教えてもらってください。」などと部下から上司に対して辛辣な発言があった事案で、上司のうつ病発症につき業務起因性が認められたものがあります(京都地判平27・12・18(平25(行ウ)33))。

 

本事例での「バカ上司」との部下の発言ですが、発言の内容は不適切ですが、優越的な関係を背景としたものでなく、1回きりの発言であれば、パワハラとは判断されないものと考えられます。しかし、部下の方が優越的な地位にあり、継続的に上司を侮辱するような発言をした場合には、パワハラに該当することもあります。

 

 

山浦 美紀

鳩谷・別城・山浦法律事務所

弁護士

パワハラのグレーゾーン-裁判例・指針にみる境界事例-

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山浦 美紀

新日本法規出版

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